心理学が挑む偏見・差別問題(1)

社会問題への実証的アプローチ

唐沢:

一方で,偏見という言葉は,社会心理学で集団間の問題として扱う以上に,広く使われているように思います。色眼鏡や先入観という意味合いですね。必ずしもカテゴリーに対してではなくても,「あの人はこういう人だから」と個人に対しても使われる。偏見は日常でよく使われているのかもしれませんが,偏見と差別を並べて,差別と同じようなレベルで偏見をもっていると言われると,「そんなことはない」という反応になるでしょうね。差別は,私たち世代からすると糾弾の対象になるようなもので,みんなにつるし上げられるようなことをしたら,やはり謝らなければいけないというものです。そういった感覚の人が多いのではないでしょうか。

北村:

観念的に糾弾ということはあるかもしれませんが,子どもの視点からすると,差別は大人の社会にある「悪いこと」の1つかなと思います。たとえば談合と並ぶようなもので,大人社会にある黒い部分の1つとして差別があり,「よくないものだけれども大人の社会にはよくあることだ」といった認識があったように思います。たとえば関西ではコリアン差別に関して,電車の中で制服を切りつけられるような事件が,私が子どもの頃には定期的に起こっていました。そのたびに「よくない」とは言われるけれども,関西においてのコリアン差別は根強いものがありました。つまり,「いけないけれども,あるよね」という是認があったような気がします。

唐沢:

いまはその当時よりもニュアンスが広まって,いろいろな事柄が差別だと認識されてきたので,差別という言葉自体がもう少しマイルドになってきたかもしれません。それでも,「そこまでした覚えはありません」と思うでしょうね。

北村:

現象や問題を授業で取り上げると,「どうにかならないのですかね」と,改善に対して悲観的で絶望的なリアクションペーパーもあるのですが,確実に変わってきています。関西におけるコリアン差別でもそうだし,部落差別や女性差別でも,自分が生きている30年の間で大きく変わった面があるので,意識は時代によって確実に変化してくものだということは知っていてほしいですね。

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大江:

いまは,差別や偏見がそれほどすごく悪いことだというレベルで語られているわけでもないようにも思います。むしろ,「社会にはそれなりに存在するもので,どうにかしないといけないけれども,仕方のない部分もあるよね」と思っているのではないでしょうか。

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唐沢:

この4人でも感じ方が違うということですね。

社会は変化してきているか

北村:

気になるのは,データで見て,明らかな「回帰」があるかということです。20世紀において,先進国は人権や平等や民主主義の面でよくなっていく,とやや楽観的に見ていたのですが,どこかで曲がり角があって,いつの間にかヨーロッパ,アメリカ,日本など世界中で,排外主義的な政党がある程度,得票しているのは何なのだろうと思います。それほど進歩主義的史観をとれなくて,歴史は何かに向かって順調に上がっていくわけではなくて,上がったり下がったりしながら進んでいくのかもしれない。

大江:

いまは少し下がったりの方向になっているかもしれないですね。100年レベルで見ていくと,暴力はどんどん減っていますし,人権意識は高まっていて,差別や偏見はかなり低いレベルになっています。その流れのなかで,社会的にやや不安定な時期になると,流れに反発するうねりが生じるという感覚はあります。


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