テスト理論から見た大学入試改革論(4)
Posted by Chitose Press | On 2017年10月27日 | In サイナビ!, 連載障害のある受験者への配慮
2016年4月に,いわゆる「障害者差別解消法」が施行され,障害者に対して合理的な範囲で配慮をすることが法律で求められることになりました。もちろん,障害のある受験者への配慮は,この法律の施行を待つまでもなく,これまで大学入試センター試験や各大学の個別試験で行われてきています。
たとえば,手の運動機能に障害があると,マークシートをうまく塗りつぶすことができません。しかし,テストで測りたいのは,そのような運動機能ではなく,それぞれの教科・科目の学力ですから,マークシートを塗りつぶすことができない場合は,選択肢に直接チェックするのでもよい,というような措置をして,その受験者の学力が十分に発揮できるようにしています。また,視覚障害のある受験者に点字で出題することもなされています。また,その場合を含め,障害のために解答に余分の時間がかかると判断される場合には,試験時間を延長することもあります。
このような対応は行われてきたものの,今後,大学入学共通テストに記述式問題を導入することや,民間試験を使って英語を話す力を評価するなどの新しい方向性により,障害のある受験者への対応について,これまで以上の工夫が求められることになります。
このシリーズの最後のテーマとして,「障害のある受験者に対してある配慮を行うことが公平である」とはどういうことか,という重要な問題を考えてみたいと思います。
たとえば,先に例示した「試験時間の延長」という措置を考えます。このとき,「障害のある受験者に時間延長を認めることが公平であるためには,障害のない受験者に時間延長をしても成績に影響しないことが必要である」という主張を見ることがあります。また,実際,障害のない受験者を対象に,ある措置をとることで成績が(ほとんど)変化しないことを示すことで,その措置を障害のある受験者に適用することを正当化しようとする研究も少なくありません。
しかし,実際に示す必要のあることは,「障害のある受験者にその措置を適用する」,そして「障害のない受験者にはその措置を適用しない」という異なる条件で,もしその両者の受験者が,「テストにおいて測りたい能力が等しいならば,テスト得点の期待値も等しくなる」ということです。もっと一般的にいえば,テストが公平であるということは,「測りたい能力が同じであれば,テスト得点の期待値が,障害の有無など測りたい能力以外の属性によらず等しくなること」ということになります(9)。
これはいわば理論的な定式化で,実際には「測りたい能力が同じ」ということの証明は難しいです。しかし,それでも,このような定式化をし,それを参照することで,先に述べた誤解から導かれる「障害のない受験者に適用すると成績が向上するような措置を,障害のある受験者に適用するのは不公平だ」という主張に根拠がないことを示すことができ,合理的配慮の範囲を拡大できる可能性が出てきます。
ただし,この問題については,理論的に定式化される「公平性」のほかに,人々が主観的に抱く「公平感」「不公平感」も無視するわけにはいきません。この点は,このシリーズで扱った他の問題についても同様で,テスト理論のような理論的な観点のみから,今後の入試のあるべき方向性を決めることはできません。しかし,実証性・専門性を欠いたまま議論が進んでいくのは,何としても食い止めなければなりません(10)。
大学入試改革に関する今後の議論が,これまで以上に実証的・専門的な根拠をもって進められることを願って,このシリーズを閉じたいと思います。4回にわたり読んでいただき,ありがとうございました。
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文献・注
(2) 以下の報告には,話す力の評価において,「採点者内信頼性(intrarater reliability)を確保することの難しさに,採点者一同が打ちのめされたことが浮彫になった」(p. 37)との記述があります。
羽藤由美・神澤克徳 (2016).「CBT英語スピーキングテストの開発と実施――入試への導入に向けた試みの検証」『京都工芸繊維大学情報科学センター広報誌』34, 30-48.
(3) 「英語4技能大学入試成績提供システム(仮称)への参加要件について(案)」
(4) 「大学入学者選抜改革について」p. 37。
(5) CEFRの段階への対応づけについては,以下のような詳細なマニュアルがあり,それに沿って判断やその集計等を行うこととされています。
Council of Europe. (2009). Relating language examinations to the Common Europe an Framework of Reference for Languages: Learning, teaching, assessment (CEFR), A manual. Strasbourg, France: Council of Europe.
(6) Papageorgiou, S., Tannenbaum, R. J., Bridgeman, B., & Cho, Y. (2015). The association between TOEFL iBT test scores and the Common European Framework of Reference (CEFR) levels (Research Memorandum ETS RM-15-06). のp. 8の表と記述をもとに作成。
(7) 「平成27年度英語力調査結果(高校3年生)の速報(概要)」のp. 5をもとに作成。
(8) 異なる試験間の成績の対応づけはlinkingと呼ばれ,一連の方法が用意されていますが,その結果については,対象者の属性に依存する問題点が指摘されています(下記の第10章参照)。たとえば,テストAとテストBの対応づけをする際,テストAの測定内容に慣れている受験者を対象者とする場合,テストBの測定内容に慣れている受験者を対象とする場合に比べて,テストAのより高い点がテストBのそれぞれの点に対応するという結果が生じやすくなります。
Kolen, M. J., & Brennan, R. L. (2014). Test equating, scaling, and linking: Methods and practices (3rd ed.). New York: Springer.
(9) この議論についてくわしくは,下記シンポジウムの指定討論を参照。
高橋知音・佐藤克敏・立脇洋介・近藤武夫・南風原朝和 (2016).「研究委員会企画シンポジウム4 障害のあるテスト受験者への合理的配慮とエビデンス」『教育心理学年報』55, 304-312.
(10) 下記は,最近の大学入試改革論も視野に入れたテスト理論入門の良書です。
光永悠彦 (2017).『テストは何を測るのか――項目反応理論の考え方』ナカニシヤ出版