1913年と2017年の行動主義

心理学の古典,J. B. ワトソン『行動主義の心理学』が復刊されました。1913年の「行動主義宣言」から100年以上がたったいま,行動主義をどうとらえればよいのでしょうか? 学習心理学者の澤幸祐教授に,数年前の日本心理学会での「行動主義生誕100周年記念シンポジウム」でのエピソードを交えてご寄稿いただきました。(編集部)

Author_SawaKosuke澤 幸祐(さわ・こうすけ):専修大学人間科学部心理学科教授。主要著作・論文に,The effect of temporal information among events on Bayesian causal inference in rats.(Frontiers in Psychology, 5, 2014,共著),Causal reasoning in rats.(Science, 311(5763), 1020-1022, 2006,共著)など。→webサイト,→Twitter: @kosukesa

『行動主義の心理学』の復刊

J. B. ワトソンの「行動主義の心理学」が復刊された(1)。「行動主義の心理学」は,まぎれもなく心理学の古典である。心理学を学んだものであれば,一度はその名を聞いたことがあるだろう。行動主義という言葉も,心理学概論や心理学史の講義で耳にしたことがあるはずである。しかし,心理学を学ぶ日本の大学生や大学院生(あるいは教員であっても?)で,この本を通読したことのある人は,おそらく少数派である。

さっそく研究室のミーティングで紹介したところ,ある大学院生が「貸してください」というので,復刊版を貸してみたところ,翌週のミーティング時には読み終わったらしく返却にきた。「どうだった?」と聞いてみると,答えは「すごいけど古いですね」というものであった。わかる。わかります。この本は原著が出版されたのが1930年のことだし,その核となるいわゆる「行動主義宣言」は1913年のことだ。けど「すごい」。わかる。わかります。

心理学の歴史上,行動主義の影響はとても大きい。近代実験心理学の幕開けは,多くの教科書ではウィルヘルム・ヴントが心理学の実験室をライプチヒ大学につくった1879年ということになっているが,ヴント学説において重要な方法論であった内観を批判し,客観的な科学としての心理学を打ち立てようとしたワトソンの主張は,歴史上とても重要なものであった。たしかにすごい。

行動主義生誕100周年記念シンポジウム

2013年9月19日,第77回日本心理学大会が北海道医療大学で開催された折に,「行動主義生誕100周年記念シンポジウム“Behaviorism as the Psychologist views it”: After 100 years.」が開かれた。先ほど述べたように,1913年にワトソンによる論文“Psychology as the behaviorist views it”がPsychological Review誌に掲載されてちょうど100年であることにちなんだものである。シンポジウムでは,関西学院大学名誉教授の今田寛先生,東京国際大学の高砂美樹先生,東京医科大学の岡島義先生,駒澤大学の小野浩一先生がシンポジストとして登壇し,帯広畜産大学の渡邊芳之先生が指定討論を担当された。僭越ながら,司会は僕が務めた。

その際に,1980年に出版されていた旧版の『行動主義の心理学』(2)を持参し,シンポジストと指定討論者の先生方にサインをいただいた。僕の宝物である。シンポジウムの内容そのものも大変興味深いもので,僕自身新しく知ることがたくさんあった。が,ここではそれについては深く触れない(3)。『行動主義の心理学』の訳者あとがきにも多くの解説があるので,ぜひそちらや成書をあたってほしい。紹介したいのは,シンポジウムの質疑応答や,シンポジウムの後に何人かの先生方と立ち話をした内容だ。

質疑応答でフロアからの質問や意見として挙がったのは,「自分たちは行動主義に基づいて科学的な心理学について教育や講演をしているが,学生たちや聴衆の反応があまりよくないが,どうすれば伝わるだろうか」といったものであった。わかる。わかります。僕自身,学習心理学の担当なので,ワトソンが行った有名な「アルバート坊やの実験」はいろいろな留保をつけつつも紹介するし,ワトソンが古典的条件づけを重視したこともあって行動主義については説明する。興味深く聴いてくれる(ように見える)学生もいる一方で,どうも釈然としない,自分の知りたいことに答えを与えてくれるもののように思えない,という様子が見受けられるのも事実だ。そしてシンポジウム終了後に,何人かの先生方,特に神経科学の専門家と立ち話をしたときに言われたのは,「なにをいまさら」というコメントだった。わかる。わかります。100年から前の話ですし。「だって当たり前のことでしょう,行動主義の主張って」。えっ。そっちですか。なるほど。そう来ましたか。


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