TEA(複線径路等至性アプローチ)の過去・現在・未来――文化と時間・プロセスをどのように探究するか?(2)

TEM図をどう描くか

サトウ:

TEMの何がいいかってもう1つあって,何でも研究できるようにしたことなんだよ。これは大先生が言っていたのかもしれないけれど。それこそ都立大の心理(特に社会心理)みたいな,何でもありの文化みたいなもので。この前,筑波大学の松井豊さん(5)の知り合いの院生に会ったんだけれど,「面白い,興味をもったことについて研究をしよう」と言われていた。それはけっこう難しいんだけれど,TEMだと自分が興味をもったことはEquifinalityになる。研究者が思いついたこと自体は面白くなくて自己満足みたいなところもあるわけだけれど,大先生が言ったように,それに至る径路が面白いということがある。

渡邊:

右端にEFPとして描かれているのが,ほぼ必然的に今だよね。多くの研究で,研究者が目の前で見ているのは,今のここだけ。今しか見てないのはつまらないんだよね。だからそこからさかのぼる。多くの場合,これは実際には逆向きに描かれていくわけでしょう。TEMの本に俺も毎回書かせていただいているけれど(笑),そのつど書いていることとして,TEM図に描かれていることが研究のできあがりという印象をもっていなくて,リサーチ・クエスチョンを見つけるための道具だと。例えばTEM図の中で分岐していくけれど,その分岐しているポイントにリサーチ・クエスチョンがあるわけでしょ。なぜ分かれるのか,この必須通過点はなぜ必須なのか,どのくらいの強さで必須なのか,それが1つひとつ研究になっていくでしょう。そういう意味で,1枚のTEM図から10人分のリサーチ・クエスチョンが生まれることもある。TEM図を描くことがゴールになっちゃうと,違うと思う。TEMがTEAになり始めた頃に,若い人たちがすごく難しいTEM図を描き始めたよね。なかには立体にするとかさ。

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尾見:

ぼくも学会発表や査読とか研究会でTEMを見ることが増えたんだけれど,もうわけがわからないわけくらい複雑なのに一番驚きますよ。意味があることだとは思うけれど。東京駅や新宿駅みたいになっていて,マニアは楽しいかもしれないけれど,ちょっとわかりにくい。無理に重ねている感じがあって,ひょっとすると必須通過点は必須じゃなくて,別に逸れる人もいるんじゃないかとかを考えてしまう。

TEMに限らず思うこととして,まず個性記述がほしいということがあって,必須通過点や等至点があるのはいいんだけれど,まず1人ひとりの径路がほしい。ある程度の共有はありつつも,行かなかったけれどもありうる径路がそれぞれあって,個のバリエーションがあるような図がいい。大きくなるかもしれないけれど。簡単にまとまるなら重ねてもいいんだけれど,すごく複雑になっていて,図にする意味がないものがある。

GTA(6)でもまったく同じ。本来視覚的にわかりやすくするために図にするのに,抽象化したり捨象したりするのが嫌だから,非常に細かくなって,何のための図なのかと思う。

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渡邊:

最近複雑になったっていうけれど,最初の頃の安田さんの図もけっこう複雑なんだよね。いっぱい書き込まれているよね。

サトウ:

この前に日本パーソナリティ心理学会の研究会で,瞑想のプロセスをTEMで描いたという院生がいて,センスいいと思ったんだよな。今は見せられないけど,ちょうどいいレベルの抽象度は確かにある。

渡邊:

俺も何度か本に書かせてもらった時に,もっとシンプルなのがいい,シンプルなのがいいといつも書いている。

尾見:

そうだよね。重ねると,複雑になっちゃうということはある。

渡邊:

誰でも描けるから使われるわけで,誰でも描ける性は大事だよ。俺も帯広畜産大学の学生に何度も描かせたんだもの。描かせたら描けるよ。だからいいんだよ。

サトウ:

今私は,1,4,9,16の法則ということを言っていて,たぶんその境界を超えちゃうと複雑になっちゃんだよね。TEMで16事例をやった人がいるんだけれど,すごくシンプルになっていた。16事例にまで行くと,分子モデルというか骨格というか,という感じになる。9事例だと径路の類型で,4事例だと多様性が描けて,1事例だと複雑だと。尾見が言った話は,4とか9とか事例を集めた人が,全部複雑にしちゃって捨象しきれなかったんじゃないかと。そういうことがやりたい人は1事例でやった方がいいわけだ。

尾見:

気持ちはちょっとだけわかって,量的研究じゃなくて質的研究がしたいということがまずあるでしょ。それで質的研究をするんだから,できるだけそういうところをそぎ落としたくないんだと思いがある。でもそれを重ねると複雑になる,その矛盾があるんだと思う。一方で,シンプルにしちゃうと,そんなの常識でわかるじゃないかと言われちゃうし。

サトウ:

シンプルにしすぎると,自分でがっくりするみたいだね。

渡邊:

だからTEM図って,分厚い記述を否定するようなところはあるよね。

尾見:

重ねるとそうなりますよね。

渡邊:

そこが面白いんだよな。ふつう質的研究は量的研究よりも複雑になってほしいんじゃない。でもこれも昔から言っているけれど,量的研究では難しくて質的研究だからできることって2つあって,1つは個人で,もう1つは時間。個人と時間が1つの絵の中で表れることが大事なんで,そんなの他にないんですよ。だからTEMはすぐれている。

尾見:

そうだと思う。GTAは個をつぶすじゃない。時間もつぶすじゃない。

渡邊:

そうなんだよ。GTAの悪口になっちゃうけれど。

サトウ:

GTAのTはセオリー。つまりGTAは理論をつくるためのものだからね。個がつぶれるに決まってる。それに,基本的に社会学。社会を見る道具。

尾見:

個と時間をつぶさないで表現するという意味でTEAは画期的だと思うけれど。重ねることで個がつぶされがちになるし,時間もつぶされがちになっちゃう。

サトウ:

つぶされちゃうというか,いずれにせよ,生ではないということ。捨象と抽象のどちらを強く言うかだな。


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