TEA(複線径路等至性アプローチ)の過去・現在・未来――文化と時間・プロセスをどのように探究するか?(2)

一般化と事例の数

渡邊:

それは結局サンプリングの話につながっていて,抽象化のレベルはどのくらいなのかとか,一般化の問題もある。

尾見:

当たり前だけれど,テーマによるんだよね。重ねて説明した方がいいものと,個で語った方がいいものと。

渡邊:

これも繰り返し言っていることなんだけれど,まったく一般化されないことは研究ではないと思うんだよね。昔に外国に行ってただビデオをとってきて,ビデオを見せるだけの発表を見たことがあるんだけれど,あれは研究じゃないと思うんだよね。何かそこに示されている外側にあるケースに対して,何か述べることがないといけない。1人に対してTEM図を描いた時に,1人の人生について書かれたTEM図が,その外側に対して何を言うかだよ。TEMでは他の人も経験するかもしれない出来事や状況が矢印で示されるんだよね。それがすぐれたところだね。

尾見:

言葉にしやすくなるんだよね。図を描くだけでは一般化ではなくて,そこに矢印があることで,文章にしやすくなる。文化的な圧力がかかるとどうなるかとか,言葉を使いながら,個を超えた可能性や潜在性について語りやすくなる。

サトウ:

なるほど! 帯広畜産大学の学生さんがTEMを使った話があったよね。乗馬をやめちゃうという話でしょ。

渡邊:

学生は乗馬クラブを続けてほしいと思うのにやめちゃう例が多い。その時の,どこでどんな理由でやめるかというポイントが見えるわけです。

サトウ:

それが一般化なのかはわからないけれど,その学生の今後に役に立つし,他の人の役に立つかもれない。ある事例の記述がほかにも役に立つというのは,一般化の第一歩だよね。GTAの場合は理論をつくることが目的だけれど,TEAは個性を記述するなかに一般性を見出していくということがある。特殊と普遍をつなぐのは,類型化して理解するのか,モデルをつくるのかという話になるわけよ。TEM(TEAではなくて)の場合はモデルをつくっていて,そのモデルが対人援助をやっている人からすると役に立つんだよ。

渡邊:

モデルと類型っていうのは何が違うのかな。モデルは時間の流れがあるわけ?

サトウ:

いやいや。モデルには分子モデルもあればスーパーモデルもあるし,平均年収モデルなんてのもあるし,いろいろある。それについては,鬼才,やまだようこ先生の論文(7)をまずは読んでほしい。TEMは時間を捨象しないモデルということだね。

渡邊:

TEMは紙を折れば見た時間を区切ることもできるよね。こう見ると心理学になるんだよ,ちゃんと。

サトウ:

ついでに言うと,ジョージ・ケリー(8)は,「時間があらゆる関係性を究極的に結びつけている」(9)って言っているらしいよ。1950年代の心理学は,人間の深みに到達できないだろう,だからコンストラクティブ・オルタナティブ,パーソナル・コンストラクトを自分はやっていると。時間が鍵なんだと言っている。

渡邊:

ケリー的なものに関しては,内藤哲雄さん(10)のPAC分析を調べたいんだよなあ。ケリーのREPテストがPAC分析になって国内に普及する経緯,あれも歴史的に調べておこうかと思って,関係者もまだ存命だし(笑)。

サトウ:

PAC分析はPAC分析学会をつくっちゃったでしょ。あの気持ちもわからんでもないよなあ。

渡邊:

最初はケリーがつくったものが,だんだんケリー的なものから離れていった。それはすごく面白いよね。

サトウ:

脱ケリー化か。

尾見:

TEM図を描いたらいいんじゃない?

渡邊:

ああそうか,それを俺が発表したら受けるだろうなあ。晩年のテーマにするからな(笑)。ただ,本当に歴史的なことがますます気になるようになってきちゃったな。あと時間の流れだよね。心理学史は心理学史自体のTEM図が描けるわけじゃん。

サトウ:

面白いよ。日本の臨床心理学が今なぜこうなっているか,とか。やっぱり歴史があるわけで。一回性しかないものも描けるんだよね。

尾見:

一回性しかないものを描ける,一般化するというのはすごいことだよね。

渡邊:

そこにはある種の折衷主義的なものがあるわけで,TEMを複数積み重ねられるというのは質的研究の理念からいえば折衷だよね。それこそ,1,4,9,16って積み重ねの特性がそこにあるわけでしょ。人数が増えてくるとシンプルになるって面白いよね。情報量としては増えているのに,シンプルになっていく。

尾見:

処理しきれないわけでしょ。

渡邊:

まさに人の心の働きなわけだよ。

尾見:

なるほど! 面白いね。

サトウ:

1,4,9,16っていうのは経験則なんだけれど,だからこそあなどれない。幅をもたせて,12±0,22±1,32±2,42±3,52±4とすると,1,3~5,7~11,13~19,21~29になる。例えば2事例でやっても1事例よりよくならない。3事例なら変わるけれど。6事例をやっても,3~5事例と同じだよ,と。

photo02

渡邊:

次の段階には行けないと。

サトウ:

2事例の研究がダメとは言わないけれど,一般に2事例をやってしまうと統合できなくて,ろくな研究にならないわけよ。先週は,研究会で16事例をやった人がTEM図を描いてきたんだけど,分子モデルみたいなおおざっぱな枠組みになってしまった。だけど,16だとこうなるんだね,とみんなで納得したんだよ。

尾見:

あまりそぎ落とされた感じがないのがいいモデルだね。

サトウ:

そうそう。

渡邊:

最後の話は参加した研究者同士で,という話?

サトウ:

そう。16事例でTEMを描いた本人も,発表した時はスカスカで面白くないみたいに言っていたんだけれど,もう1人の発表者も16事例を扱う研究をやっていて,やはり分子モデル的な構造(つまりプロセスの骨格というか骨組みというか)が見えてくることがわかった。1は個性の記述,4は差異の記述,9は径路の類型って言っていて,16はどうなんだろうねと,とまったく概念化できていなかったわけ。それが16だとプロセスの構造が見えるね,という話になった。この先もやり続けると,何か見えるものがあると思う。

渡邊:

142くらいになると進化が見えたりするんじゃない。

サトウ:

そうそう,そういう話になったら面白いね。

渡邊:

スケールは大事で,ギブソン(11)も言うんだよね。生態学的スケールって。

尾見:

これも概念化すればいいじゃない。数列モデルとかで。

渡邊:

算数ができる人も喜ぶからいいね。こういうの。

尾見:

数列だね。

→第3回に続く(近日掲載予定)

Tatsuya Sato著
ちとせプレス (2017/3/31)

人はどう生きているか? 時間とプロセスを扱う新しい研究アプローチ,TEA(複線径路等至性アプローチ)。問題意識はどこにあるのか。理論的背景はいかなるものか。研究をどのように実践すればよいのか。心理学の新機軸を切り拓く,珠玉の英語論文集!

文献・注

(1) 森直久。札幌学院大学教授。

(2) スタンフォード大学のヘーゼル・マーカスとミシガン大学の北山忍の文化心理学研究。

(3) バラス・スキナー(Burrhus Frederic Skinner: 1904-1990)。行動分析学の創始者。

(4) 三田地真実。星槎大学教授。

(5) 松井豊。筑波大学教授。東京都立大学の人文科学研究科出身。

(6) GTA(グラウンデッド・セオリー・アプローチ)。質的研究の方法。

(7) 山田洋子 (1986).「モデル構成をめざす現場心理学の方法論」『愛知淑徳短期大学研究紀要』25, 29-48.『現場心理学の発想』新曜社(1997)に再録。

(8) ジョージ・ケリー(George Kelly: 1905-1967)。主著に『パーソナル・コンストラクトの心理学1――理論とパーソナリティ』など。解説書として『認知臨床心理学の父 ジョージ・ケリーを読む――パーソナル・コンストラクト理論への招待』

(9) フランセラ, F.(菅村玄二訳) (2017).『認知臨床心理学の父 ジョージ・ケリーを読む――パーソナル・コンストラクト理論への招待』北大路書房

(10) 内藤哲雄。信州大学名誉教授。福島学院大学教授。PAC分析を開発。

(11) ジェームス・ギブソン(James Jerome Gibson: 1904-1979)。生態学的心理学を提唱。


1 2 3