あなたは障害者をどう思いますか?――身近な問題としての偏見や差別(4)

社会に,障害者への偏見や差別はあると思いますか? あなたは障害者のことをどう思いますか? 三重大学の栗田季佳講師が身近な問題としての偏見や差別の問題を考えます。最終回は私たちは「私たち」をどう捉えているのか、「私たち」と社会のかたちについて見ていきます。(編集部)

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Author_KuritaTokika栗田季佳(くりた・ときか):三重大学教育学部講師。主要著作・論文に,『見えない偏見の科学――心に潜む障害者への偏見を可視化する』(京都大学出版会,2015年),『対立を乗り越える心と実践――障害者差別にどのように向き合うか?』(大学出版部協会,2017,共著),「『障がい者』表記が身体障害者に対する態度に及ぼす効果――接触経験との関連から」(『教育心理学研究』58(2), 129-139,2010年,共著) 。→Webサイト

3回の連載を通して,障害者に対する身近な偏見・差別について論じてきた。そこから見えてくるのは,いかに人が,自分あるいは自分たちのフィルターを通して物事を考えているのか,ということである。

多数派を基準に構成された社会に,少数派の障害者が参加する際,変更・調整が必要となる(例:階段をスロープへ,音声情報から文字・手話へ)。必要な変更・調整が行われないことは,障害者にとっては参加の権利を奪われることになるが,健常者にとってそれが「差別」だという認識は薄い(第1回を参照)。第2回では,時に障害者への差別が露骨な攻撃性を含むものとなる背景には,障害者を「非人間化」する心理的プロセスが生じていることを指摘した。この「人間」とは,多数派が認識する平均的な人間像であり,おのずと少数派の特性は埋没し,少数派の人間性は人間以下に見なされる。第3回では,少数派が「できない」原因は社会構造との相互作用であるものの,個人的要因に帰属されやすく,それによって,本人はますます「障害」化されていくことを述べた。

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私もあなたも,「私」の視点から物事を,世界を見ている。他者も,その人の視点から物事を,世界を見ている。人は自分以外のものの見方を体験することはできず,だからこそ異なる他者の捉え方に気づきにくい(1)

連載の最終回である今回は,自分の視点で物事を捉えがちな「私たち」のこと,「私たち」の類似性と社会の形態,今後の社会について考えたい。

障害者がいない社会

「類は友を呼ぶ」「似た者夫婦」など,自分と似た人に人は親近感を覚え,友好な関係を築こうとする。考え方や好み,伝達様式の一致した人との相互作用は,違和感や苦労を感じずにコミュニケートできる。では,似通った人たちだけで集まった,類似性の高い社会の方が,気楽で暮らしやすいのだろうか?

そのことを示唆する調査がある。大嶋と・横山(2)は,障害児と共に学ぶ学級の児童とそうでない学級の児童に意識の違いがあるかを調べた。この調査に参加した子どもたち(小学4年生)は3つのグループに分かれている。1つのグループは,同じ学級に医療的ケアを必要とする子ども(以下,医療的ケア児)が在籍していて常に一緒に学んでいる児童たちである(「共学群」と呼ぶ)。もう1グループは,医療的ケア児が同校内の特別支援学級に在籍しており,一部の授業では一緒に学んでいる児童たちである(「一部別学群」と呼ぶ)。そして,学校内に医療的ケア児がいない学級の児童たちのグループである(「別学群」と呼ぶ)。

調査に参加した子どもたちは,自分自身の考えについてアンケートに答えた。アンケートは,他者を援助しようとするか,集団のルールを守ろうとするかといった社会的責任目標に関する質問と,純粋に他者のために行動しようとする愛他性に関する質問が含まれていた。

障害のある子と常に一緒にいる場合と,時々一緒にいる場合,まったく一緒にいない場合で,周囲の子どもたちにどのような違いがあるのだろうか? その結果が図1と図2である。

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図1 各在籍児童の社会的責任目標の得点(各群に隔たりのあった個人差を共変量として分析)(3)

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図2 各在籍児童の愛他性の得点(4)

各グループで違いが見られたのは,社会的責任目標の得点であった。社会的責任目標の質問は,「がっかりしている人がいたら,なぐさめたり,はげましてあげようと思います」「勉強のわからない人には,教えてあげようと思います」「面倒だと思うときでも,当番の仕事があるときには,それをちゃんとやるようにします」「授業中は,他の人のじゃまにならないようにします」といった項目(各1点~5点の合計)である。

医療的ケア児と常に一緒にすごす共学群の子どもは,他のグループの子どもよりも,社会的責任目標を強くもっていた。一方,愛他性には各グループで差がなかった。


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