意味を創る――生きものらしさの認知心理学(3)

なぜ生きものらしさを感じてしまうのか

生きものらしさが消えるとき

これまでの話で,われわれヒトが世界を過剰に生きもので意味づけしてしまうという事例を繰り返し紹介してきました。では,その逆はどうでしょうか。生きものが生きものに感じられなくなる状況,生きものらしさの意味づけができない状況,そういった事態について考えてみましょう。

擬態のような特殊な状況を除けば,生きものを「生きものではない」と判断することはきわめてまれのように思えます。パレイドリア画像で,洗濯機が顔に見える人はいるでしょうが(9),顔が洗濯機に見える人はいないでしょう。ですが,生きものの「生きもの感」が弱く感じることはあるようです。興味深い動画を紹介しましょう(動画3)。

動画3 日体大の集団行動パフォーマンス(10)

これは日本体育大学が年に一度行っている「集団行動」というパフォーマンスです。この動画の他にも「日体大 集団行動」と検索するとたくさんの動画が出てきます。さて,このパフォーマンスでは,もちろん演者1人ひとりは人間ですが,多くの人間が集まって隊列を作り,一糸乱れぬ動きをしています。ですが著者自身がこの動画を見たとき,動きまわる1人ひとりの人間らしさ,心,意思など,個体個体の「意味」がとても弱まるように感じられました(11)。そこで著者らは実験的にこのような状況を調べてみました(12)

動画4 Takahashiらの実験で使った動画

この研究では,中央に赤いドットが1つ,その周囲に白いドットがたくさん出てきます(動画4)。被験者は,中央の赤いドットがどのくらい生きものらしく見えたかを評価しました。実際に実験をしてみると,すべてのドットがバラバラに動く場合(動画4の左側)に比べて,すべてのドットが同期して動く場合(動画4の右側)には,赤いドットの生きものらしさが劇的に低下することがわかりました。なお,赤いドットの動き自体は,左右で同じ性質(前回紹介した1/fゆらぎ)をもっています。ですから赤いドットの生きものらしさの低下は,周囲の白いドットとの同期によるものといえます。

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多くの事例から,ヒトが無意味なものに対して過剰に生きものらしさを見出してしまうことを紹介してきました。これに対して,逆に生きものらしさを低下させる要因や法則はあまり見つかっていません(次回紹介する予定の不気味の谷などは,これに近いものかもしれません)。「同期」によりなぜ生きものらしさが減衰するのか,さらには過剰な意味づけがどのような関係にあるのか,とても難しく,そして興味深い問題です(13)

おわりに

今回は「なぜヒトは過剰に意味を創るのか」という問題について考えてみました。この問題はヒトの認識の本質に関わるものであり,簡単に解決できるものではありません。認知心理学に加えて,今回紹介したような進化的な考察,ヒト以外の霊長類との比較,計算機によるシミュレーションなどなど,さまざまな視点から取り組むことが必要でしょう。

今回紹介したパターニシティの話は,あくまで1つの可能性であり,これ以外にもいろいろな説明が可能かもしれません。読者の皆様も,前回,前々回と紹介したパレイドリアや動画たちを見ながら,なぜ自分がこんなに簡単に生きものらしさを感じてしまうのか,ぜひ深く深く考えて見てください。フィードバックも大歓迎です。

さて,次回は最終回の予定です。生きものらしさの工学と不気味の谷や脳の話をする予定です。お楽しみに!

→第4回に続く(近日掲載予定)

文献・注

(1) 前回の記事の最後に「次回は動きに感じる生きものらしさ(後編)」と書きましたが,忘れてください。

(2) 仮面の口の左のあたり,ドアの蝶番の大きさが変わっています。このように,かなりの大きさの変化がありますが,そこに注意を向けて集中して見ない限りは変化に気づかないでしょう。

(3) New, J., Cosmides, L., & Tooby, J. (2007). Category-specific attention for animals reflects ancestral priorities, not expertise. Proceedings of the National Academy of Sciences, 104(42), 16598-16603.

(4) Guerrero, G., & Calvillo, D. P. (2016). Animacy increases second target reporting in a rapid serial visual presentation task. Psychonomic Bulletin & Review, 1-7.

(5) Öhman, A. (2007). Has evolution primed humans to “beware the beast”? Proceedings of the National Academy of Sciences, 104(42), 16396-16397.

(6) 「逃げるは恥だが役に立つ」公式サイト

(7) マイケル・シャーマー「自己欺瞞の背後にあるパターン」(TED)

(8) 著者自身は実は多少懐疑的な見方をしています。いくら「逃げるははじだが役に立つ」とはいっても,いつもそれでいいというわけではありません。飢えていれば,「まわりに敵がいるかもしれない」という危険を承知の上で食料を狩猟・採集する必要もあります。ですので,理想的なType 1エラーとType 2エラーのバランスは,どの程度の危険がありそうか,どの程度すぐに餌が必要か,などの状況に強く依存します。これらを考えたうえでヒトがとるべき最適な戦略を議論する必要があるでしょう。著者のアイデアについては,まだまだ未熟なものですし,紙面も限られているので,また別の機会にお話しできるように研究を進めていきます。

(9) http://goo.gl/images/gO0h9K

(10) 「【集団行動】日本体育大学 最新演技」(YouTube)

(11) 演者の人間らしさが失われる,という演じる側の話ではなく,あくまで見る者の知覚や認知の話である,ということは強調しておきます。

(12) Takahashi, K., & Watanabe, K. (2015). Synchronous motion modulates animacy perception. Journal of Vision, 15(8), 17.

(13) 著者の考えとしては,同期により集団の中に生まれる新たな「意味」が,個体に対する意味づけと拮抗することで,一個体ごとの意味の濃度が薄まり,結果的に生きものらしさが弱まるのではないか,と考えていますが,まだまだ仮説の域です。


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