意味を創る――生きものらしさの認知心理学(3)
なぜ生きものらしさを感じてしまうのか
Posted by Chitose Press | On 2016年11月18日 | In サイナビ!, 連載私たちは生きものらしさをどのように認識しているのか,そして世界を認識する際にどのように「意味を創る」のか。この問題に中京大学の高橋康介准教授が認知心理学の観点から迫ります。第3回はなぜ生きものらしさを感じるのかを,認知のプライオリティや生きものらしさの減衰などから検討します。(編集部)
高橋康介(たかはし・こうすけ):中京大学心理学部准教授。主要著作・論文に,Seeing objects as faces enhances object detection(i-Perception, 6(5),2015年,共著),Synchronous motion modulates animacy perception(Journal of Vision, 15(8), 17,2015年,共著)。→Webサイト,→Twitter(@kohske)
前回,前々回と,パレイドリアやいろいろ面白い動きのデモを紹介しながら,ヒトがいともたやすく,そして過剰に意味に創り出してしまうこと,特に「生きもの」という意味を見出しやすいこと,などを紹介してきました。
今回はデモの紹介は少なめにして,生きものに対する認知のプライオリティや生きものらしさの減衰などについて紹介しながら,なぜヒトが意味を過剰に創り出してしまうのか考えてみたいと思います(1)。
生きものに対する認知資源投資のプライオリティ
珍しく,少しだけカタくて込み入った話を紹介しましょう。ヒトの認知資源や認知能力には限界や制限があるので,注意を向けることで重要なものを優先的に処理することや,ある対象に特化した処理を習熟させる(例えば顔の認識)ことがあります。認知心理学の研究から,ヒトが「生きもの」に対して優先的に認知資源を投資していること,「生きもの」に対する認知能力が高いことなどがわかってきています。
「変化盲(Change Blindness)」という現象を紹介しましょう(動画1)。この現象では,風景などが描かれた絵が表示されます。1箇所だけ異なる絵が2枚用意されていて,1枚目と2枚目の絵が,交互に次々と表示されることがポイントです。被験者は2枚の絵で何が違うのか探します。「間違いさがし」の時間バージョンです。変化盲という現象により,変化に気づくためには,そこにかなり集中的に注意を向けておく必要があることがわかりました。
ニューたちの2007年の研究(3)では,変化盲の実験の中で「生きもの(動物)」が変化する場合と生きもの以外のもの(例えば車)が変化する場合を比較しました。その結果,生きものが変化する場合は,素早くその変化に気づくことがわかりました。例えばサバンナの象が現れたり消えたりする場合には,サバンナの観光バスが現れたり消えたりする場合に比べて,素早く変化に気づく,といった具合です。
ヒトの注意システムは,無意識のうちに注意を「生きもの」に向けるように設計されているのかもしれません。なお生きものが注意を引きつけやすいという現象は,変化盲以外の方法を使った研究からも報告されています。
もう1つ別の研究を紹介しましょう。「注意の瞬き(Attentional Blink)」という現象があります。例えば次のような課題を考えてみてください。たくさんの文字が1文字ずつ,連続して高速に切り替わりながら出てきます。文字は多くの場合アルファベットで,数字が2回だけ出てきます。課題は,アルファベットを無視して数字を報告することです。
詳細は省きますが,結果として,1個目の数字が出た直後に2個目の数字が出た場合,2個目の数字を報告できる成績は低下します。1個目の数字の処理に認知資源を奪われていて,2個目の数字にまで手がまわせないためだと言われています(ただしこれ以外にもいろいろな説明が提案されています)。
ゲレーロたちが2016年に発表した研究(4)では,注意の瞬き現象を「生きもの」でテストしました。たくさんの物体や生きものの写真を連続して表示して,その中の決められた2個を報告するように被験者に求めました。その結果,2個目の写真が「生きもの」の場合には,成績の低下が小さくなることがわかりました。このように,利用できる注意資源が少ないときでも,生きものの処理は優先的に行われているようです。
これらの研究以外にも,生きものは記憶しやすい,知覚しやすい,生きものがいる環境では時間の進みを早く感じるなど,生きものに対する特別な認知処理が数多く報告されています。一言で言えば,生きものに対して認知資源を優先的に投資し,認知能力が向上しているということでしょう。