意味を創る――生きものらしさの認知心理学(1)
Posted by Chitose Press | On 2016年09月28日 | In サイナビ!, 連載私たちは生きものと生きものでないものをどう区別しているのでしょうか。ときとして,生きものでないものに「生きものらしさ」を感じるのはどうしてなのでしょうか。私たちが生きものらしさをどのように認識しているのか,そして世界を認識する際にどのように「意味を創る」のかに,認知心理学の観点から中京大学の高橋康介准教授が迫ります。(編集部)
高橋康介(たかはし・こうすけ):中京大学心理学部准教授。主要著作・論文に,Seeing objects as faces enhances object detection(i-Perception, 6(5),2015年,共著),Synchronous motion modulates animacy perception(Journal of Vision, 15(8), 17,2015年,共著)。→Webサイト,→Twitter(@kohske)
はじめに
2016年のはじめ,たった一言「添い寝しめじ。」というつぶやきとともに公開された1枚(2本)の「しめじ」画像がツイッター上で話題になりました(1)。
2016年8月現在,このつぶやきは5万回以上リツイートされ,5万回以上「いいね」されています。たしかにジワジワくるこの画像,話題になるのもうなずけます。ではなぜ,平凡な皿の上の名もなき2本のしめじがここまで多くの人を惹きつけたのでしょう?
本連載では,「意味を創る――生きものらしさの認知心理学」と称して,ヒトが世界を認識するにあたり「意味を創る」ことや,そこで創られる意味が「生きもの」にバイアスされていることなど,認知心理学(や関連する分野)の研究成果に触れつつ,しめじの謎に迫ります。最後までおつき合いいただければ幸いです。連載第1回はパレイドリア現象を取り上げて「意味を創る」ということについて考えてみます。
みんな大好きパレイドリア現象,の不思議
パレイドリア現象とは「無意味な模様,風景,物体などが,別の意味のある何かに見える」というものです。昭和の時代,人面魚というものが世を賑わしましたが,あれはパレイドリアです(若い人は「人面魚」で検索してみてください)。心霊写真の多くもパレイドリアでしょう。星座もある意味,古代人が見たパレイドリアかもしれません。このようにパレイドリア現象とは,物理的現実である(視覚)入力に対して,それが何であるか本当はわかっていながらも,過剰に意味を創り出してしまう脳の作用であるといえるでしょう。
そんなパレイドリア,なぜかみんな大好きです。Googleで「パレイドリア」と画像検索すると,大量のパレイドリア画像を見つけることができます(2)。また,「パレイドリア まとめ」でググるとたくさんのまとめサイトを発掘できます(3)。添い寝しめじの例でもわかるように,ヒトは物理的現実を超えた意味の創出をどこか「遊び」として楽しんでいるようにも見えます。
さて,2014年,“Seeing Jesus in toast: Neural and behavioral correlates of face pareidolia”(「トーストの中にイエス・キリストを見る――顔パレイドリアの神経行動相関」)(4)という研究論文が栄えあるイグノーベル賞(神経科学部門)を受賞しました(5)。ご存じの読者も多いでしょうが,イグノーベル賞とは「人々を笑わせ,なおかつ考えさせる」ようなユーモアと含蓄に富んだ研究に対して与えられる賞です(もちろんノーベル賞のパロディー版ですが,ふざけているだけの質の低い研究というわけではなく,質の高い研究が多数受賞しています)。パレイドリア現象にダイレクトに取り組んだKang Leeたちの研究が受賞したことで,パレイドリア研究業界(世界に10人くらい? いや30人くらいはいるでしょうか……)が一気に色めき立ちました。
この論文の内容は専門性が高いので詳細は省くとして,大雑把に言うとトーストの焦げ目のような模様がイエス・キリストに見えてしまった(つまりパレイドリア現象が起こった)ときの脳の活動をfMRIによって調べたところ,リアルな顔を見たときと同様にFFA(紡錘状回顔領域)という脳部位が活動していた,というものです。まさに「意味が脳で創られる」ことを示した研究です。
パレイドリア現象は心理学に限らず,さまざまな研究分野とも関連しています。2015年以降,著者らはパレイドリア研究会なるものを開催していますが(6),ここでは心理学,工学,臨床医学など,さまざまな分野の研究者が集まり,熱く濃い議論が交わされています。このような心理学以外の分野とパレイドリア現象のつながりも本連載の中で紹介していく予定です(7)。