人間の命と死,そして心――『人口の心理学へ』が問いかけるもの(4)
Posted by Chitose Press | On 2016年09月16日 | In サイナビ!, 連載柏木:
私がこの問題を提起したことの背景には,心理学の研究が科学的という名のもとに,どんどんタコツボ化している,この条件ではどうなるかという研究に終始しているということにとても不満があるんです。もっと巨視的な,どういう条件の中に私たちが生きているかに全然気がつかないで狭い範囲の研究ばかりしている。その背景には就職の際にどれだけの論文があるかが重視されることがあります。条件がきちっと整って,体裁が整っている論文が審査を通りやすいので,いっそうそうした論文が増えていくのではないかと思います。研究の限界を上の人たちが知って,大胆な研究もきちんと取り上げる姿勢が必要だと思います。タコツボ化した研究に編集委員が細かいコメントをつけている。せめて結果についてだけでも構想を広げてもらいたいのに,ちまちまとしたことを査読に書かれて,「そんなことは言えない」とコメントがついてしまう。
根ヶ山:
正しい研究とよい研究は違うんだということですよね。
高橋:
まとめというわけにはなかなかいかないのですが,先ほど根ヶ山先生がおっしゃったトリの目とアリの目の指摘は非常に大事で,人口の心理学というとトリの目がもちやすくなり,学際的にもなるし,社会を記述するモデル自体が変わらないといけないことを気づかせる。そのことに心理学が得意とする「アリの目」的な方法論がどの程度使えるのか,もしかすると使えないのかもしれない,そういう問題提起ができているとしたら非常によかったなと思います。そうした方向で,今後みなさんに頑張っていただきたいと思います。
柏木:
仲先生がなさっているお仕事でも巨視的な視点がとても大事だと思うんです。面接の場での方法論もいいですけれど,どういう社会の中での問題かということを考えることが大事かなと期待しています。
高橋:
座談会をお読みになった方は,いろいろなところで人口の心理学のテーマを拾ってくださるのではないかと思います。やはり,子どもを含めてすべての人が希望をもって生きる社会を何とかつくりたいですね。
柏木:
そのためには,これまで,そしてこれから社会がどう変わっているのかを踏まえて,自分にどういう力が必要か,どういう生き方が求められるかを考える必要があります。「お母さんのようになりたい」なんて聞くと,時代が違うのよ,と言いたくなります。簡単に「お母さんが専業主婦で幸せだったから私もそうする」というけれども,「あなた時代が違うのよ,お母さん大学なんて出ていないでしょう。教育を受けるということは人間が変わるということなのよ」と話すんですけどね。そうした未来志向のこと,そして自分のキャリアをどうつくるかという教育を高校くらいからきちんとしてほしい。どこがいい学校かなんて言うことではなくて,どの学校だったら自分がどういう力をつけられるかという視点で選ばないといけないなど思います。
高橋:
母子生活支援施設(旧母子寮)の責任者をされている方が非常に嘆いておられたのは,母子家庭のお母さんたちに子どもが高校の年齢になったときに高校に行かせてくださいよというと,「いいです,うちの子は。私だって出てないんだから」と言うそうです。高校まで行かせてもらうのが大変なのだそうです。この時代,高校を出ていなければ夢も実現できないことが多いのですが,親が希望をもてないで「どうせうちの子どもはいいんですよ」と言ってしまう。奨学金があるから,こうだからと説得して説得して,高校に入れるように一所懸命やっているんですよ,とおっしゃっていました。そういう子どもたちもいるので,そこから考えていかなければいけないなと思います。
仲:
人口,そして人の生死の問題を念頭におけば,教育に携わる者として,あるいは心理学を研究する者としてできることとしては,学部生や院生1人ひとりをエンカレッジして,本人の生きる力や周囲に対して何かができる力を支えていく,ということが重要なのかもしれません。
高橋:
そうですね。教育も,家庭教育も考え直していかないといけないですね。
柏木:
ある程度の年齢になったら,家庭のことに受け身ではなくて自分も「家族する」ことに入らないとおかしいと思いますね。私は,子どもは小さいから親がお手伝いをしてあげているんだと思うんですね。子どもが働くことをお手伝いとは思わない。それができて当然の力をもっているんだし,それを発揮するのが社会のメンバーとしての役割だと思います。お手伝いというのは,むしろ子どもが小さいから親がお手伝いをしてあげているのだと,よく言っていました。
高橋:
子どもの数が減っていくと,宝物みたいに育てますからね。一方で不本意な妊娠をして捨ててしまうことも日本の中で起こっているし。
柏木:
結婚をしない人が増えてきていると先ほど少しおっしゃっていましたが,やむなくそうなっちゃう人もいるけれども,積極的にそうなっている人もいますよね。そういう人たちの研究も必要ですね。家族の研究というと,カップルがいて子どもがいてという研究ばかりですけれど,結婚をしなかった人が何を生きがいとしているのかという研究がとても大事と思います。
高橋:
そうですね。いろいろな研究のテーマがあるような気がします。研究のフレームも変えつつやっていくということかと思います。
根ヶ山:
最後にひと言よろしいでしょうか。副題として「命と心」とありますが,「命」をキーワードとして使われているのもすごいなと思いました。「命と心」というと個人の単数形のように思いますが,そうではないんですね。命というもの,心というものという集合名詞ですよね。生きるたくましさや強さなど,命というものがもっているエネルギーを心理学が考えていく必要があると思いました。そういうものを見ていく視点も,この本からもらえるような気がしました。いろいろなものが関連し合っているという「トリの目」的に見る視点と,いわば降りていって生活の中や現場でいろいろなものを複合的に取り込んで命が支えられている視点と,主題と副題とで両方があるなと思いました。
柏木:
編集の過程で話をしていてこのタイトルに決まりまして,とてもよかったと思いました。
高橋:
それでは,ここまでにいたしましょう。みなさんありがとうございました。
人口が減り始めた日本。私たちは命にどう関わるべきか? 命についての問題――生殖補助医療,育児不安,母性,親子,介護,人生の終末―に直面し苦悩し,格闘する心を扱う「人口の心理学」の提案! 心理学のみならず,人口学,社会学,生命倫理,日本近代史の第一線の論客が結集し,少子化,高齢化,人口減少に直面する日本社会のあり方を問う。
文献・注
(1) Stone, L. (1977).Family, sex, and marriage in England 1500-1800. Harpercollins.(北本正章訳,1991『家族・性・結婚の社会史――1500年-1800年のイギリス』勁草書房)