人間の命と死,そして心――『人口の心理学へ』が問いかけるもの(3)

階層と貧困

高橋:

先ほど仲さんがおっしゃった,子どもが子どもを産むとか,産まれちゃったとか,産まれたあとでどうしようという話がありましたが,私たちの本では階層の問題をもうちょっときちんと入れた方がよかったかなと思いました。

柏木:

そうでしたね。

高橋:

つまり,遺伝子検査とはまるで無関係のところに生きている人たちもいるわけですよね。補助金が出るとはいっても,子どもがほしくても治療に行くお金がないとか,知識がないので産んでしまうとか,そういうこともあるわけで,そういう意味ではやや「お金のある人の心理学」だったかなと,忸怩たるものがありますね。階層のことをもう少し聞かせていただけたらありがたいと思うのですが。

仲:

小学校や中学校くらいまでは地元にいればいろいろなお子さんがいるわけですけれども,そのあと選別されて高校,大学まで行き,そして仕事も比較的横並びの人たちが集まるわけですので,イメージできる・視覚化できる人たちの範囲が狭くなってしまうように思うんですね。みんな同じような生活をしていて,同じように考えていて,同じようなオプションや選択の仕方をもっているように思いがちだけれども,実は違っていて,思いもよらない生活,養育者のいない家族であるとか,人がしょっちゅう入れ替わる家族であるとか,暴力が繰り返される家庭もあるわけです。犯罪についても,自分の世界にいると傷害や殺人や薬物利用など,違う世界の話であるように,新聞を読んで知るようなことに思えるかもしれないけれども,そうではないわけです。私たちが教育で身につけなくてはいけないことは,社会につながる自分や,その社会のさまざまな側面をイメージする力かなと思います。自分が視覚化できる世界だけではない世界があるということですね。

少し話が飛びますけれど,日本では死刑制度の賛成・反対を聞くと,8割ほどが賛成です。それはたぶん,自分は死刑になるような立場にならないであろうと思っていて,被害者もいるし,悪い人がいれば排除しなければいけないから,死刑があっても仕方ない,と思う人が多いのではないかと思います。犯罪をする立場になること,ならないことだって実は紙一重かもしれません。そういうこと人生のネガティブな側面へのイマジネーションが欠けているし,見ないようにしているところがあるように思います。そこから一歩踏み出して,みんな社会の一員であって一緒に生きているんだよねということをイメージしてみる。そして,例えば自分が利益を得たら一部は社会のために使わなければいけないといった考えが自然に出てくれば,と思います。私もできていなくておこがましいのですけれども。

高橋:

子どもの貧困の救う1つの運動として,「子ども食堂」が出てきています。そもそも始めたのは青果店のおばさんで,余った野菜をどうしようと思ったときに,子どもたちに食べさせてあげようと思ったということです。そういう本当にちょっとしたことで社会とつながっていく。教育の中にそういう問題をどのように入れていくかですね。

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柏木:

子どもにとってもそうですし,家族もいなくなって家事能力もある女性が週に一度はそのことを手伝うことができれば,その人にとっても自分の力を生かせる場ができる。もう少し柔軟に,自宅で手づくりするお母さんの食事が一番いいということではなくて,そうした場があることが子どもの場を広げるし,自分の母親とは違う人の味を知っていくことも大事だと思います。

仲:

一歩踏み出す勇気があるといいんですね。

(→続く:近日公開予定)

柏木惠子, 高橋惠子編
ちとせプレス (2016/7/5)

人口が減り始めた日本。私たちはにどう関わるべきか? 命についての問題――生殖補助医療,育児不安,母性,親子,介護,人生の終末―に直面し苦悩し,格闘する心を扱う「人口の心理学」の提案! 心理学のみならず,人口学,社会学,生命倫理,日本近代史の第一線の論客が結集し,少子化,高齢化,人口減少に直面する日本社会のあり方を問う。

文献・注

(1) 大野祥子 (2016).『「家族する」男性たち――おとなの発達とジェンダー規範からの脱却』東京大学出版会


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