人間の命と死,そして心――『人口の心理学へ』が問いかけるもの(3)

大局的な視点から,昔のようにちょっとだけ生きられればすむ時代ではなくなった人口的な状況の中で,女性がどう働くか,男性がただ稼ぐだけではなくケアの能力をどうもつかが大事だと思います。「キャリア,キャリア」とこの頃は言いますが,そうした生涯発達的な,そして人口動態的な変化と労働力の女性化を踏まえたうえでの生涯にわたるキャリアプランがとても必要だと思います。いまはどこの大学も就職部ではなくてキャリア教育になっています。でも結局,どこの会社がどうだとか,面接のテクニックを教えているのはとてもおかしいと思います。

仲:

そういう意味では,自分を養い自分で生活を維持していくスキルの習得が,教育の大きな目標の1つにならなければいけないということでしょうね。

Author_NakaMakiko仲真紀子(なか・まきこ):北海道大学大学院文学研究科教授。主著に『法と倫理の心理学――心理学の知識を裁判に活かす 目撃証言,記憶の回復,子どもの証言』(培風館,2011年),『こころが育つ環境をつくる――発達心理学からの提言』(新曜社,2014年,共編)など。→Webサイト

高橋:

そうですね。教育の問題を少し考えていきたいと思いますが,私たちの時代は家永三郎先生の教科書違憲裁判がありました。私はときどき家永先生に廊下ですれ違うと,なぜこんな小柄な方が大きな問題提起をして裁判で果敢に争っているのだろうと頭が下がる思いをしました。私たちも教育内容をもう少し考える必要があります。いまは家庭科教育がひどいし,社会科もひどくなりそうです。道徳教育も点数化を始めようとしています。心理学者も教育問題を考えないといけないと思います。

柏木:

ただ自然とこうなってこうなっていく,という実態の調査ではない研究ですね。私たちは環境が大事ということが染みついています。環境が大事ということで,どういう親ではどうだとかこういう国ではこうとか,社会化の実態だけを研究している。しかし,社会化を問題にするのであればその方向について問う必要がある。こういう人口の状態になったときの社会化は,まさにジェンダーフリーでなければありえない。男性でも女性でも,自分の力で稼ぐだけの学歴も得ているのだし,稼ぐ場もあるのだし,離婚だってありうることの中でどう生きていくかを正面から考えないといけません。

もう1つ,私は社会化理論だけではすまないなと思います。私の教え子の1人が東京大学出版会から『「家族する」男性たち』という本を出しました(1)。数少ない家事・育児をする男性についての研究なのですが,そういう人たちは,世の中では「そんなことやっているのか。男は仕事だ」という社会化が染みついているなかで,それに背を向けて自分はこうだと行動して,例えば定時になればさっさと帰ることなどを実践している。自分はこう生きるという目標から,自分を変えていくという,社会化を超えた発達がとても大事だと思います。

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高橋:

教育心理学というジャンルは一応あるのですけれど,あまり心理学者は教育内容やこういう教育がいいということは言ってこなかったです。今回,この本を京都大学から甲南大学に移られた子安増生先生にお送りしたら,人口学リテラシーの研究を始められたということを教えていただきました。人口とは何なのか,人口が増えたり減ったりするのはどういうことなのかについて項目を設けて,大学生がどの程度その知識をもっているかを調査されていて,人口学についてのリテラシーをもつ必要があるという問題提起をされています。そういうことも学校教育の中にきちんと入れる必要があると思います。

柏木:

重要なことですね。特に日本ははじめての環境に直面しています。そのことが自分の人生,働き方や生き方にどう関係してくるかについて教育は非常に大事です。

高橋:

高齢者を敬えばいいとか,高校生に赤ん坊を抱かせてみるといったことは違うんです。そういう意味では,教育心理学も教科内容に取り組まなければいけないと思います。

柏木:

積極的にね。こういうことを踏まえたうえでの教育の指針ですね。

高橋:

家族とは何かについても,いつも「家族は心のオアシスです」と情動的な言い方ばかり。

柏木:

あれはありえないですよね。そうであれば,ほかの社会的な条件も,機械化をやめるとか,自宅の中の家電製品はすべてやめるとかすれば,家中の人で働くということがいやでも起こるし,子どもは勉強ばっかりしていられなくなります。私が無駄に長生きしていなかったなと思うのは,ものすごく貧しい時代から生きているから,家中がごみだらけで,舗装もなければ窓ガラスもないから夜に寝るためには必ず拭き掃除をしないと布団が敷けないといったときから育っているので,いやでも働きました。子どもはお手伝いではなく,ある年齢になったら家事を担うのが当然の責務だとしつけられました。そのことがとてもありがたかったと私は思っています。長く生きたなかでの私の経験は,こういうことを考えるうえで影響しているかなと思います。

私は心理学だけをやるのではなく,小説や評論を読むのが大好きで放せなかったんです。そのことも無駄じゃなかったなと思いました。オースティンのことを本の中にも書きましたが,オースティンがどのように生きてきたか,作家であることをひた隠しにしながら献立を立てたり,よその家の友達が妊娠したら「まあ,お気の毒に!」と今日では考えられないようなことを言ったりしていたことが,考える材料としてとても役に立ったなと思います。


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