社会心理学の学際性とは(2)

社会心理学関係でいえば,ハーバード大学の「デパートメント・オブ・ソーシャル・リレーションズ」が,社会科学系の総合学部として世界に最初にできたといわれています。その中に入っているのが,社会心理学と社会学と文化人類学です。当時のハーバード大学には,パーソンズ,オルポートなどの大先生がたくさんいましたが,そのときにできたのがソーシャル・リレーションズの学部で,社会心理学が「社会関係学」という学際的な分野の1つになりうると,組織の構造のうえで示したわけです。

同じような言葉で,「ビヘイビオラル・サイエンス」,行動科学という言葉があります。ここでも,行動科学をつくっているものとして,心理学と社会学,文化人類学,言語学が入っていたと思います。ただこれは狭い意味の,出発時における行動科学の内部構造でして,その後は政治学,法学,経済学も行動的な側面を扱う限りでは行動科学だという話になり,行動科学の範囲が広がりました。

行動科学は英語で書くとbehavioral sciencesですが,ひところ,後ろにある単語をscienceと単数にするのかsciencesと複数にするのかで大論争があり,最終的には複数にすることになりました。複数形ということは集合論的にいうと「論理和」です。単数形では「論理積」です。単数形で例えば心理学,社会学,文化人類学の論理積というと,ベン図を書いた場合に3つの領域が重なったところになるわけで,3つを統合したより抽象度の高い新しい学問ということになります。ところが,そうではなく,論理和として周囲を大きく括ったものとして行動科学をいう場合は,behavioral sciencesです。これは「広域科学」のイメージに近いですよね。日本人は単数か複数かの区別をあまり言わないですが,英語圏の人は敏感です。ともあれbehavioral scienceというと,個別学問を超えた新学問,上位概念としての統合学問だということになる。それは大変な話です。

京都大学で総合人間学部をつくったときも,それを意識して英語名は複数形にしました。人文・社会・自然科学も全部含めた学部ですからね。それを単数形として統合するには神様みたいな超学問をつくらないと不可能です。そんな大それたことはできませんので,それは将来の目標ということにして,論理和の複数形の学部名称にしたわけです。英語と日本語の発想が違うので,それを知っておかないといけません。

以上述べたように,学際的な研究についてはさまざまな考え方があり,まだ決着はついたとは言えないでしょう。ただ何度も繰り返しますが私が興味を持つのは社会現象や行動であって,最初から学際性を目指してやった研究は1つもないと思っています。

三浦:

学際的な研究を目指すというのは奇妙な感じですよね。学際であればそれでよいのか,ということになりますし。目標達成のために学際的にする必要があればする,結果的にそれが成功すれば学際的な研究になっている,と。

木下:

僕の場合は,学際的研究はあくまで手段であり目的ではありません。よく考えたら工学の人と一緒に仕事をしていたなあとか,医学の人と一緒にしていたなあと後から思うだけです。

いかに学際研究を進めるか

――木下先生はそこで前に進まれたのだと思うのですが,ハードルがあると思ったときに躊躇する研究者もおられるのではないかと思います。

木下:

ハードルは,僕はほとんどゼロだな。だって,特定の分野だけでは解けないから,他分野に援助を求めたり求められたりするわけでしょう。だから相手の分野についての知識を持たなくても当然であり,それは恥でも何でもない。立場はイーブンです。ハードルなんてありようがない。

ただ僕にはそのときの選択基準がいくつかあって,まず対象が面白いか面白くないかが決定的に大事です。面白そうだなと思えば,ちょっとやってみるか,となる。

もう1つは,「ダメもと精神」です。もともとそこに成果を求めているわけではなく,面白そうだなと思ってやるわけですから,失敗を恐れることはまったくありません。

あとは相手の認識形態を見ます。認識形態というのは知識量ではなく,その人が学問に対してどのような方法論を持っているかということです。そこが担保できるなと思えば,引き受けます。


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