社会心理学の学際性とは(1)
Posted by Chitose Press | On 2016年08月22日 | In サイナビ!, 連載2016年9月17日,18日に関西学院大学で開催される日本社会心理学会第57回大会では,「社会心理学の学際性を追究する」ことをメインテーマとして掲げています。
社会心理学をバックグラウンドにして他のさまざまな学問分野の研究者と共同して研究をされてきた木下冨雄京都大学名誉教授と大会準備委員長・三浦麻子関西学院大学教授に,社会心理学の学際性に関してお話を伺いました。(編集部)
木下冨雄(きのした・とみお):京都大学名誉教授。
三浦麻子(みうら・あさこ):関西学院大学教授。
学際研究との関わり
――木下先生はこれまでにさまざまな学際的な研究をされてきていますね。
木下:
たしかに言われてみると,「投票行動」「法規範」「廃棄物処理」「原子力リスク」「放射線影響」「群衆制御」「宇宙環境」など,他分野との共同研究はたくさんあります。しかしそれが学際的か否かについて,私自身はそれほど関心がありません。外からは「学際的」と見られているらしく,それについて述べてほしいという寄稿の依頼は多いですが(1)――。でも,研究するのはそこに興味を引く現象があるからで,自分が学際性という意識でもってテーマを選んだことは一度もないです。
――自身としては学際という意識がなく,面白そうな現象やものがあって,それにアプローチしていくということでしょうか。
木下:
その通りです。社会心理学は物理学と違って,実験分野と理論分野がお互いが抜きつ,抜かれつ,スパイラルに発展していくという構造にはなっていません。社会心理学はカートライトのいう如くその多くは現実の社会現象に触発された学問で,理論をもとに社会心理学が発展した歴史は少ないと思います。社会心理学で述べられるトピックのほとんどは,現場が出発点でしょう。例えば,モラール(士気)や凝集性など,集団力学で用いられている鍵概念の多くは第二次世界大戦の軍隊研究から出てきたものです。他にも態度変化の研究がアメリカのマッカーシズムが発端になっていたり,援助行動研究がキティ・ジェノビーズ事件がきっかけとなってできたりしました。健康心理学もアメリカの医療費高騰の問題から出てきています。幸福感,異性への感情,人間関係の研究などは,日常生活そのものではないですか。
研究者がこれらの社会現象をじっと見ているうちに,新しい分野がおのずから浮かび上がってきたということです。ご承知のように社会心理学には大理論が少なく,理論社会心理学という分野がない。強いて挙げればハイダーの「バランス理論」,フェスティンガーの「認知的不協和理論」といったところでしょうか。したがって大理論が先行して新分野を開拓するという発展形態に乏しい。実験や現象を説明するための小理論は山のようにありますが,それが新しい分野を切り拓くわけではありません。学際研究も同じことで,現実の問題が先に存在していたわけです。理論が先行したのではありません。
私の共同研究の始まり方を顧みると,自分がまず興味をもってこちらから声かけしたものもありますし,他分野から声をかけられた場合もあります。なぜ僕に声をかけてこられたかというと,その分野で解けなくて助けてくれる同業者が周辺にいなかったからでしょう。ところが,たいていの研究者は保守的で慎重ですから,よその分野から援助を求められても引き受けたがらない。しかし,僕はわりにそうしたことは平気なのです。僕もよくわからないけれど,わからない者同士で考えると,少しはましなものが出てくるかもしれないなあと,気安く引き受けます。そして,実際にやってみるとそれなりに何かしら出てくる。そうすると,「木下さんのところに行ったら相談に乗ってくれる」という風評ができて,来客が増えたというところはあります。