子どものがまんを科学する――実行機能の発達(3)

子どもの将来を予測する実行機能

京都大学の森口佑介准教授が,子どものがまんについて実行機能の発達の観点から解説します。第3回は,社会情報的スキルとしての自己制御機能や実行機能が,子どもの将来の成績や健康,社会性をどう予測するのかを紹介します。(編集部)

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Author_MoriguchiYusuke森口佑介(もりぐち・ゆうすけ):京都大学大学院教育学研究科准教授。主要著作・論文に,『おさなごころを科学する――進化する幼児観』(新曜社,2014年),『わたしを律するわたし――子どもの抑制機能の発達』(京都大学学術出版会,2012年)など。→webサイト

社会を発展させるためのスキル

2015年,OECD(経済協力開発機構)が,私たちの社会を発展させるために必要なスキルに関する報告書を出しました(1)。OECDがこれまで着目していたのはIQ(知能指数)を含めた認知的スキルだったのですが,この報告書の主眼は,もう1つのスキルである社会情緒的スキルです。ここでの社会情緒的スキルは,目標達成,他者との協調,情動の管理の3つの領域から構成されます。特に,目標達成(パズルを解く,学位を得る,などの特定の目標に到達するスキル)には,ここで紹介してきた自己制御能力が含まれています。自己制御能力には認知的側面も含まれるので,この区分自体に疑問はあるものの,OECDは,自己制御能力を,私たちの社会を発展させるために重要なスキルだと見なしているのです。

社会情緒的スキルが注目されたのは,ペリー就学前プロジェクトがきっかけでした(2)。このプロジェクトは,貧困層の子どもたちを,幼児教育を施す実験群と施さない統制群にランダムに分け,それぞれの群の子どもの発達を追跡調査するというものです。このプロジェクトはIQに注目していましたが,実験群と統制群のIQの差は,幼児期には見られたものの,小学校3年生頃には見られなくなりました。しかしながら,くわしく調べてみると,中学校の出席と成績において,高校の卒業率において,成人期の収入や犯罪率などにおいて、実験群の方が統制群よりも優れた結果を示すことが明らかになりました。つまり,幼児教育はIQに対してはあまり長期的な効果がなかったものの,IQ以外の何らかのスキルに影響を与え,それが青年期の学校での成績や成人期における社会的成功につながったのです。ここで注目されたのが,IQとは関わりのない,好奇心や自己制御などの社会情緒的スキルだったのです。

この結果をもとに,社会情緒的スキルが子どもの将来にどのような影響を与えるのかが検討されるようになりました。例えば,イギリスでは,10歳時点における忍耐力や自己効力感などが高い子どもは,そうでない子どもよりも,16歳時点で肥満になる割合が低いことが示されています。忍耐力や自己効力感が低い子どもは,つらいことがあった場合に,甘いお菓子や清涼飲料水などに手を出してしまい,肥満が促進されるのかもしれません。この報告書における社会情緒的スキルは,異なった研究において異なった能力を指すため,結果を解釈する際には注意が必要です。ですが,社会情緒的スキルが子どもの将来に影響を与えることは確かなようです。以下では自己制御能力と実行機能について見ていきましょう。


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