知覚的リアリティの科学(1)

リアリティ事始め

心がつくるリアリティ

少し工学的な話が続きましたが,次は,心理的なリアリティ要因の面白さを紹介します。下に示す図形は錯視というよりは多義図形あるいは曖昧図形とよばれるものです。

Fig1_4

図1-4 縦にも横にも見える運動

本当は,斜めに配置した2つの点(右上と左下,右下と左上)が入れ替わっているだけです。まず,点がついたり消えたりするだけで運動が知覚されるのが不思議です。ついたり消えたりする点の間には何もありませんが,そこを点が連続的に動いているように見えます。これは仮現運動といわれる現象です。教科書の隅にちょっとずつずらしてマンガを描いて,ページをぱらぱらめくって連続して見るとアニメーションのように見えます。テレビもアニメも映画もこの現象を利用しています。リアルな運動が心(脳)でつくられているといえます。

人によって,横に動いて見えたり,縦に動いて見えたりすることも不思議です。その運動方向もしばらく見ていると変わります。人によっては,くるくるまわって見える人もいます。つまり,目に入っている刺激が何も変わらなくても,人によって時によってリアルに知覚される内容が変わってしまうのです。したがって,心がリアリティをつくっているといえます。

心がつくるリアリティといえば,THE MATRIXという映画が思い出されます(4)。この映画では,たくさんの人が水槽の中に入れられて管でつながれ,全員の脳活動が創り出している世界MATRIXが主題となっています。脳が知覚を創り出すのですから,脳だけでも知覚世界をつくれ,多くの脳を接続することで社会もつくれるという世界観が見て取れます。

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もう1つ,少し悲しいお話ですが,ドラえもんの最終回の都市伝説(嘘)を紹介します。最近流行った嘘は,将来のび太が科学者になりドラえもんを開発するという心温まる話ですが,私が子どもの頃の嘘は,「すべては交通事故にあって意識不明になっているのび太の夢だった」というものです。最後のシーンは,ベッドに横たわるのび太をご両親やジャイアン,スネ夫,しずかちゃんが心配そうに見守っているものです。ドラえもんはのび太の脳の中にしか存在しません。もちろんこれはまったくの嘘ですが,夢の中では夢と現実を区別できないことに基づいています。小説や映画で「夢落ち」が存在するのも,夢のリアリティが現実と変わらないからでしょう。

実際,夢を見ているときのリアリティはすごいものがあります。夢を見ている瞬間は現実ではないと疑いませんし,夢ではないかと疑うときも,知覚的なリアリティの低さから疑うということはありません。夢を見ているときには,実世界からの感覚入力はありませんから,脳の活動だけで知覚世界がつくられているといえます。それゆえ,脳を刺激することだけでリアルな知覚世界や感覚をつくり出せるのではないかと思いますが,現在の科学技術(2016年3月時点)ではそこまでのものはまだできていません。ただし,知覚内容を変えることやとても粗い映像を知覚させることには成功しています。これらはまた後の回で紹介したいと思います。

知覚・感覚の心理学は,知覚的リアリティがつくられる仕組みを解明しているともいえそうです。また,バーチャルリアリティ研究においても,人の心の仕組みや脳の機能を利用して,知覚的リアリティを制御したり,つくり出したりしようとしています。次回からはこれらについて紹介したいと思います。

おわりに

今回は,いくつかの例を示しながら,つらつらと「リアル」や「リアリティ」「現実感」についてお話をしました。何となくこれらの言葉の意味が伝わったでしょうか。また,感覚入力の正しさ(物理的リアリティ要因)と心のつくるリアリティ(心理的リアリティ要因)の2つを考えることで,体系的に知覚的リアリティの解明や操作に挑むことができそうだと思っていただけたでしょうか。次回は,バーチャルリアリティ研究の実際についてご紹介したいと考えています。

(→続く:近日公開予定)

文献・注

(1) 世界錯視コンテスト

(2) Impossible motion: magnet-like slopes(YouTube)

(3) ヴァリーニ(Felice Varini: 1952-  )のサイト

(4) THE MATRIX。ラリー・ウォシャウスキー,アンディ・ウォシャウスキー監督,1999年。

 


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