知覚的リアリティの科学(1)

リアリティ事始め

リアリティを決める2つの鍵

どうもリアリティは知覚され,感じられるもののようです。そこで以下のような知覚の処理に基づいてリアリティを考えてみましょう。

外界・実世界→(感覚入力)→脳→(出力)→知覚世界

知覚は,外界の情報が,「感覚情報」として,目や耳,鼻などの感覚器官に入力され,それが脳で処理され,知覚世界がつくられることで生じるとされています。私たちが,リアルかそうでないかを議論するのは,ゲームや映画やバーチャルリアリティなどの人工的な情報や装置に関することが多いと思います。ですから,感覚入力が実世界からそのまま網膜や耳などに到達するか,眼鏡や補聴器を介して到達するか,テレビやヘッドマウント・ディスプレイ(head-mounted  display: HMD)に提示されるか,実写映像かコンピュータグラフィクスかなどが,リアリティを決める要因の1つになります。つまり,感覚入力の正確さです(物理的リアリティ要因)。しかし,この知覚されている世界は脳がつくり出すわけですから,リアリティを決めるもう1つの問題として脳や知覚処理を考えなければなりません(心理的リアリティ要因)。もちろんこの2つは厳密に分けられないこともありますが,まずは2つに分けて考えてみましょう。

Fig1_3

図1-3 2つのリアリティ要因

入力の正しさ

デジタル化前のテレビを覚えているでしょうか。昔のテレビは近くに寄って画面を見ると赤青緑のたくさんの点が見えました。遠くから見るとそれらが組み合わさってさまざまな色が知覚されました。また,視野の端でテレビを見るとチラチラと点滅して見えました。昔はそれで十分満足していましたし,はじめてテレビ放送を見た人は白黒でもっと粗い画面であったにもかかわらず箱の中に人が入っているのではないかとテレビを覗き込んだという話があります。ちなみに,昔のテレビは板のような形状ではなく,奥行きのある箱だったのです(人が入るには小さすぎましたが)。最新のテレビは空間解像度(画面の細かさ)で2~4倍,時間周波数(運動の滑らかさ)でも2~4倍になっています。

最近のテレビ(ハイビジョンや4Kテレビ)やretinaディスプレイのiPhoneをはじめて見たときには美しさにびっくりしました。これまでのテレビのリアリティが下がって感じ,これまで満足していたのが不思議なくらいでした。また,解像度を増すだけで,立体感も増すとよくいわれています。それが,両眼立体視(左右の目に映る映像のずれ)を用いた3Dテレビが一般的にならない理由の1つではないかともいわれています。このように時空間解像度はリアリティにとても強い影響をもっています。時空間解像度が高ければ高いほど,実世界にある情報がより正しく人の目に届くといえるでしょう。ここまで視覚の例を挙げましたが,聴覚や触覚など他の感覚でも同様の解像度の効果があります。

もう1つの入力の正しさは,人工的に映像や音を作成するときのモデリングの精度です。コンピュータグラフィックス(CG)がわかりやすい例です。CGは滑らかな実空間を,どうやってデジタル情報で表現するか,また光が物体にあたったときにどのように反射が生じて,人の目に投影される画像となるかを計算して再現します。一般的な方法では,滑らかな表面をいくつもの平面(ポリゴン)の組み合わせとして近似します。次に,光源と物体表面の反射(拡散反射,鏡面反射)を仮定し,表面の明るさを計算します。この光線追跡・反射の計算手法はどんどん発展しており,最近では物体表面下(内部)での拡散も仮定することで半透明の物体のCG表現もかなり高いリアリティで実現できています。最新の映画やゲームの画面はもはやCGなのか実写なのかほとんど区別がつかないところまで来ています。


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