子どものがまんを科学する――実行機能の発達(1)
実行機能とは?
Posted by Chitose Press | On 2016年03月03日 | In サイナビ!, 連載がまんができる子どもとできない子どもとでは何が違うのでしょうか? 近年、子どものセルフコントロール(自己制御)能力が注目されています。上越教育大学の森口佑介准教授が、子どものがまんについて、実行機能の発達の観点から解説します。(編集部)
森口佑介(もりぐち・ゆうすけ):上越教育大学大学院学校教育研究科准教授。主要著作・論文に、『おさなごころを科学する――進化する幼児観』(新曜社、2014年)、『わたしを律するわたし――子どもの抑制機能の発達』(京都大学学術出版会、2012年)など。→webサイト。
自己制御と実行機能
目の前においしそうなクッキーが置いてあります。あなたの子どもは昼食の量が少なかったので、お腹はもうペコペコ。そんなときに、あなたは非情にもこう言い放ちました。
「いますぐ食べるなら、クッキーは1枚あげる。でも、もう10分待ったら、クッキーは4枚あげるよ」
子どもにとっては究極の選択です。いますぐ食べたい! でも、少し待ったらもっとクッキーをもらえて、お腹が満たされるかもしれない。食べるべきか、がまんするべきか……。
これは、心理学において最も有名な実験の1つである、マシュマロ・テストを模したものです。最も有名なものはマシュマロを用いた実験ですが、当人にとって価値があるのであれば、クッキーでも、シールでもかまいません。大人であれば、ビールやお金の方がよりしっくりくるかもしれません。このテストは、半世紀ほど前にウォルター・ミッシェル博士によって開発されました(1)。
一般的な言葉でいえば、このテストは子どものがまんする能力を調べています。目の前の報酬への衝動をがまんして、長期的に利益になる行動を選択できるか否かを調べています。心理学の言葉では、セルフコントロール(自己制御)能力といいます。近年、このセルフコントロールが心理学や教育学、経済学などのさまざまな領域において注目されています。後の回で紹介しますが、子どものときのセルフコントロール能力が、青年期や成人期のさまざまな指標を予測することが明らかになっているためです。
このセルフコントロールの基盤となっている能力が実行機能です。今回は実行機能がどのようなものであるかについて見ていきましょう。
実行機能とは
実行機能は、英語でexecutive functionといいます。executiveには執行取締役という意味がありますが、会社などのような階層的な構造の中で、低次の会社員に対して指令を出す、高次に位置する取締役というのが基本的なイメージです。学術的には、実行機能は、行動、思考、感情を制御する能力で、脳の前方に位置する前頭前野を含む神経機構と関係している認知プロセスのことを指します。
神経機構について言及したことからもわかる通り、この概念はもともと神経心理学に由来しています。19世紀末から20世紀にかけて、前頭葉を損傷した患者におけるさまざまな行動の変化が観察され、前頭葉が担う役割についてさまざまな理論的試みがなされました。例えば、ある研究者は、ヒトの心理的態度を、目の前の刺激に影響を受ける具体的な態度と、状況をさまざまな視点から解釈する抽象的な態度に分け、後者が前頭葉と関わるという主張をしました。別の研究者は、階層的な心理構造を仮定し、その中でも、前頭前野は、行動のプログラムおよびその制御などの、高次な役割を果たすと述べています(2)。