意外といける! 学習心理学(4)
学習研究に未来はありますか?
Posted by Chitose Press | On 2016年02月22日 | In サイナビ!, 連載ヒトと動物の相互学習
ドリトル先生のお話をご存じでしょうか。動物の言葉がわかる獣医さんのお話で、映画になったりドラマのタイトルになったりしているので、聞いたことがあるかもしれません(8)。動物とコミュニケーションをとりたいというのは大昔から人間の夢でした。残念ながら、人間と動物は直接言葉を交わすことはできません。それでも、人馬一体となって競技を行う競馬や馬術、人間の目や耳となってわれわれを助けてくれる盲導犬や聴導犬のように、人間と動物は言葉によらないコミュニケーションを行っています。なぜそんなことが可能なのでしょうか。
現在、僕は主にウマを対象に、人間が出すシグナルをウマがどのように受け取って行動を変えるか、またウマの行動変容のシグナルを人間がどのように受け取ってウマへのシグナルを変えていくかといった研究に関わっています。これは人間とウマの言語を使わないコミュニケーションの問題ととらえることができますが、人間とウマが相互に相手の出すシグナルについて学習していく過程の研究と考えることもできます。実験室で音刺激や光刺激、エサなどを使うのとは異なり、どんな刺激がシグナルになっているのかははっきりしません。手綱の使い方かもしれませんし、人間の声や表情がウマにとっては大事なのかもしれません。人間にとっても、ウマの頭の動きや耳の動き、歩き方などいろいろなものがシグナルになりえます。外界にある刺激をもとに行動を変化させていくというのが学習ですから、人間のシグナルに基づいてウマが行動を変えること、ウマの出すシグナルに基づいて人間が行動を変えることは学習です。
人間とウマは、それぞれ「相手の行動を刺激として受容し、複数刺激間の関係を学習する」といった古典的条件づけに似た段階や「自分の行動によって相手がどのように行動を変えるか、自分の行動とその結果の関係を学習する」といった道具的条件づけに類する段階が複雑に入り混じった経験を通じて、相互に行動を調整していると考えられます。学習心理学がこれまでに蓄積してきた方法論や理論の適用範囲の広さを使えば、種を超えたコミュニケーションについても研究することができるのです。この研究はまだ始まったばかりですが、学習心理学の応用先としてできることがたくさんありそうに感じています。
まとめ――笑顔の未来へ
学習心理学に未来はあるか、というのが最初の問いでした。この連載の第1回で紹介した通り、われわれの日常は学習にあふれています。今回紹介したような研究を見ても、学習心理学が扱うことのできる対象はきわめて広く、まだまだやるべきことは多そうに思えます。今回はあまり触れませんでしたが、臨床心理学でも認知行動療法などについては学習心理学が重要な基礎となっています。バラ色の未来が待っているかどうかはわかりませんが、学習心理学が消え去ることはないだろうと僕は考えています。
学習心理学の魅力を伝えることを目指したこの連載も今回が最後です。はたして魅力は伝わったでしょうか。学習とは「経験によって生じる、行動の比較的永続的な変化」であり、この定義をあてはめるとわれわれの人生の中で重要なことの多くは学習の影響を受けています。学習心理学とは、この学習という現象がどのようなメカニズムで起こるのか、どういう経験がどのように行動変容を引き起こすのかを明らかにしていく学問です。そのためのツールとして、古典的条件づけと道具的条件づけといった手続きがあり、学習理論があり、その適用範囲はきわめて多様です(9)。
行動が変わる、ということは「未来はこれから変えられる」ということだと以前に書きました。「そんな簡単にできるの」と思われるかもしれません。もちろん、そう簡単なことではありません。簡単ではないからこそ、学習心理学者はなんとかしてよりよい方法を探そうとしています。また、「行動だけが変わっても、こころが変わらないとダメなんじゃないの」と思われるかもしれません。なるほど。行動を変えるために必要なものはなんでしょう。それは環境の変化です。簡単に変えられない環境もありますが、明日からでも変えられるものもあります。何か変えてみましょう。今日はまず自分の行動をよく観察し、何があなたの行動に影響しているのかを考え、明日から変えてみましょう。変わった環境の中で、あなたの主観的経験、こころは以前のままでしょうか。あなたのこころは、僕にはわかりませんし、誰にもわかりません。でも、あなたのまわりの人は、明後日にはこう言ってくれるかもしれません。
「なんだか楽しそうだけど、なにかあったの?」
(連載終了)
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文献・注
(1) ドムヤン(Michel Domjan)。テキサス大学教授。2014年、The D. O. Hebb Distinguished Scientific Contributions Award受賞。
(2) Gutiérrez, G., & Domjan, M. (1996). Learning and male-male sexual competition in Japanese quail (Coturnix japonica). Journal of Comparative Psychology, 110(2), 170-175.
(3) Domjan, M., Blesbois, E., & Williams, J. (1998). The adaptive significance of sexual conditioning: Pavlovian control of sperm release. Psychological Science, 9(5), 411-415.
(4) Matthews, R. N., Domjan, M., Ramsey, M., & Crews, D. (2007). Learning effects on sperm competition and reproductive fitness. Psychological Science, 18(9), 758-762.
(6) Koten, J. (1984). Coca-Cola turns to Pavlov . . . Wall Street Journal, January 19, p.1.
(7) De Houwer, J., Thomas, S., & Baeyens, F. (2001). Association learning of likes and dislikes: A review of 25 years of research on human evaluative conditioning. Psychological Bulletin, 127(6), 853-869.
(8) ヒュー・ロフティング著,井伏鱒二訳『ドリトル先生ものがたり』シリーズ,岩波書店
(9) 学習心理学に興味をもたれた方向けに、何冊か書籍を紹介します。実森正子・中島定彦 (2000).『学習の心理――行動のメカニズムを探る』サイエンス社は、基礎的な内容がひと通り押さえられていながらコンパクトで読みやすい教科書です。道具的条件づけ、行動分析学に重点をおいた学習心理学の教科書としては、小野浩一 (2005).『行動の基礎――豊かな人間理解のために』培風館があります。行動分析学から日常生活の中での学習にアプローチした本としては、伊藤正人 (2005).『行動と学習の心理学――日常生活を理解する』昭和堂があります。ひと通り理解できたら、ステップアップとしてはJ. E. メイザー(磯博行・坂上貴之・川合伸幸訳) (2008).『メイザーの学習と行動〔日本語第三版〕』二瓶社がありますが、相当に歯ごたえのある本です。理論的な側面に興味のある方は、今田寛監修,中島定彦編 (2003).『学習心理学における古典的条件づけの理論――パヴロフから連合学習研究の最先端まで』培風館を参照すると、20世紀の条件づけ理論が概観できるでしょう。