実験心理学の魅力(2)
Posted by Chitose Press | On 2015年12月21日 | In サイナビ!, 連載そして自分にとって“身近な温かい日常経験”に思いを巡らせているうちに、次のような経験に思い至りました。例えば中学校のときの英語のクラスで、名簿順に当てる先生と、まったくランダムに当てる先生だと、授業中のストレスはどちらが高いだろう。どちらも当たるときには当たるので、経験する物理的経験は同じです。しかし前者だといつ当たるか予想がつくので、青木さんが当たっているときには、山田さんは安心してられます。しかしランダムに当てる先生の場合には、いつ当たるかわからないので心の休まる暇がありません。つまり四六時中ビクビクしている慢性的不安の状態(前の回答の④の状態)に置かれます。この状態は、物理的経験としては同じでありながら、嫌悪経験の予測可能性/不可能性という心理的変数において異なる状態であり、このような変数こそ心理学者がもっと関心をもってもよいものではないかと思うようになりました。
また、英語のクラスに予習をして臨んだ場合と予習をしないで臨んだ場合にも、当たるという等しい物理的経験への対処可能性/不可能性という心理的変数における違いによってストレスはずいぶん違うはずです。下調べしないで臨んだ英語の授業で、当たらないように友人の陰に頭を低くしてビクビクした経験はないでしょうか。しかし予習をしていると、先生の顔をまともに見ることができます。
嫌悪刺激の予測可能性/不可能性、対処可能性/不可能性という心理的変数とストレス(慢性的不安)の関係に関する私の一連の実験的研究はそのようにして始まりました。しかしこの研究は、私の当時の心理学に対するいまひとつの不満とも結びついていました。
条件づけの研究ではCS―USを提示し、CSに対する条件反応(CR)を測定します。行動主義で有名なJ. B. Watsonの「アルバート坊や」の実験(4)のように、音CSとショックUSに対する恐怖CRを測定します。これはこれでよいのですが、私の条件づけ研究に対する不満は、その「ブツ切り主義」といもいうべきものにありました。
つまり条件づけの研究では、対象となる動物や人のCS中の反応のみにしか注目せず、いわゆるITIと呼ばれる試行間隔のことは注目されません。つまりCS中の出来事が「図」で、ITI中のことは「地」(背景)でしかありません。しかし、人や動物の適応過程、生き様のような観点から学習の問題に関心をもっていた私には、ITI中にも生活体は存在し続けて、その間もさまざまな情動経験(“一喜一憂”)している姿を無視する「ブツ切り主義」にはどうも共感できませんでした。つまり上に述べた四六時中ビクついた状態(慢性的不安)は対象になりえません。
そこで私は、嫌悪刺激を用いた条件づけ研究を「図地反転」し、CS中のCRの研究をむしろ「地」として背後に退けて、通常、人が無視するITI中の情動経験を従属変数(「図」)にした研究をするようになりました。そして情動の指標として選んだのは、ネズミの水なめ反応でした。のどの渇いたネズミが安定して摂水チューブから水をなめている行動に重ねて予測可能ショックや、予測不可能ショック、あるいは対処可能ショック/不可能ショックを与えて、普段の水なめ行動の乱れ(抑制)を情動(慢性的不安)の指標とする実験パラダイムを用いて、数多くの実験を行うようになったのです(5)。
しかしこれ以上書きますと話が長くなりすぎるので一度ここで切ることにします。そして、このような考えも一部含めて書かれた『恐怖と不安』(6)という書物で、母校関西学院大学から1977年に文学博士号を取得しました。なお私は1963年に留学先の米国アイオワ大学からすでにPh. D.(Doctor of Philosophy)を受領していたので、これは2つ目の博士号ということになります。
(→第3回に続く)
文献・注
(1) Imada, H. (1959). The effects of punishment on avoidance behavior. Japanese Psychological Research, 8, 23-38.
(2) 今田寛 (1960).「マイヤーのフラストレーション固定仮説(frustration-fixation hypothesis)に関する諸問題」『関西学院大学人文論究』2, 101-125.
(3) ジェームズ,W.(今田寛訳)(1992).『心理学(上)』岩波書店,p. 339.(原著1892年)
(4) Watson, J. B., & Rayner, R. (1920). Conditioned emotional reactions. Journal of Experimental Psychology, 3, 1-14.
実験の動画(YouTubeより)
(5)今田寛 (1971).「動物における病理的行動の実験的研究――嫌悪刺激を用いた実験の最近の諸問題」『心理学評論』14, 1-27.
Nageishi, Y., & Imada, H. (1974). Suppression of licking behavior in rats as a function of predictability of shock and probability of conditioned-stimulus-shock pairings. Journal of Comparative and Physiological Psychology, 87, 1165-1173.