実験心理学の魅力(1)

心理学の基礎としての実験

――実験のベースとなる実証的な発想と行動が,家庭の中で培われたわけですね。関西学院大学の心理学科では古武先生のもと,「基礎重視」として実験心理学が柱になっていたということですが,実験が心理学の基礎であるというのは,どういった意味合いだったのでしょうか。

このように改まって質問されると、なるほど“心”と“実験”は結びつきにくいのかもしれません。心理学が専門だというと、この頃でも、まるで読心術者が目の前にいるかのように「ああ怖!」と怖がられることがあります。書店の心理学の棚を見ても、並んでいる本はいわゆるハウツーものがほとんどです。どうすれば悩まなくてすむかとか、どうすれば人の心がわかるかなど、どうすれば対人関係がスムーズにいくのかなど。そういうポピュラー心理学から見れば、心理学が実験科学というとわかりにくいでしょう。

「実験が心理学の基礎であるというのは,どういった意味合いだったのでしょうか」というご質問ですが、これは古武先生の教育方針に対する質問だと思います。関西学院大学の心理学科では、将来心理学の道に進む者も進まない者も、すべてが4年次に実験あるいは調査研究に基づいて卒業論文を書かねばなりませんでした。そのために、当時の呼称で一般実験(2年次)、特殊実験(3年次)という実習科目が必修で、それらを通して卒論に向けての実験法の基礎や調査法の下地が整えられました。

臨床心理学的なことは学部では一切許されず、それは大学院に進んでからでした。学部で実験実習が重んぜられたということは、けっして実験の内容・テーマが問題ではなく、人や動物を対象に実験を行って正しい結論を導き出すためにはどのような注意が必要かを、身をもって経験することにあったように思います。ミュラー・リヤーの錯視の実験のような古典的な知覚の実験でも、人を対象に実験をする場合に気をつけなければならない誤差(真実を歪める要因)が多々あり、それを手続き上で打ち消すようにしなければ、正しい結論に到達できないことを体で覚えるのです。それによって注意深い態度、クリティカルな態度、キメの細かい論理的な思考法が身につくというか、刷り込まれます。一言で言えば、学部の実験実習は態度教育だったと思います。そして、この複雑なものに科学的に注意深く迫る態度は、将来どのような道に進むにしても大変大切な態度だったと思います。

加えて実験をすると報告書を書かねばなりません。書くといっぱい赤が入って戻ってきます。書き直し再提出です。これでも鍛えられました。

私はそんな中で白ネズミを使った動物実験にはまりこみました。いまと違って当時は、動物の単純な行動の理解が、最終的には複雑な人間の行動の理解につながるという、ボトムアップ的な考えが主流だったこともあるでしょう。1つの実験で見つかることはほんのちっぽけな事実ですけれども、それをコツコツと積み上げていくプロセスは、私の性分には合っていたと思います。ただのめり込み出すと独りよがりになって、「実験のための実験」になるので、自分が心理学で何を目指しているのかを忘れないように努めていたように思います。

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(→第2回に続く

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