心理学研究は信頼できるか?――再現可能性をめぐって(4)

――まさに現在進行形で、今後の展開から目が離せません。かたや日本でも学会などで取り組みが始まっているようですが、今回の科研のプロジェクトではどういったことに取り組まれるのでしょうか。

われわれの科研プロジェクト「社会心理学研究の再現可能性検証のための日本拠点構築」(挑戦的萌芽研究2015-2017)は、社会心理学領域における再現可能性検証の日本における拠点を構築することを目指しています。

わざわざ国内拠点形成というワンステップを踏まなくとも、世界規模のOSCに個人で参加すればよいではないか、と思う方もいらっしゃるでしょう。しかし、これまでのところOSCに参加した日本の研究者はわれわれを含めてほぼ皆無です。こうした反応の鈍さを説明する1つの要因は、初期参入コストの高さだと考えられます。コストは種々ありますが、そのうち1つは「言葉の壁」です。標準化された手続きの日本語化、それを用いた実験の実施には人的・経済的コストがかかります。しかも、そのコストを負担して追試を行っても、それが学界において正当に評価される保証もないとなれば、追試研究の実施は研究者個人のきわめて高い「やる気」だけに依拠せざるをえなくなります。われわれも人間ですから、たった1人で、カネもコネもない環境でやる気を維持するのは困難です。そこで、まずは徒党を組もうということになったわけです。高い意欲をもつ研究者グループが初動部隊となり組織的な検証実験の拠点となる研究者ネットワークを形成すれば、直接的追試への新規参入コストを下げられるのではないか、と。

このたびのScience論文に触れて、危機感を抱かない(社会)心理学者はいないでしょう。少しずつでも積み上げてきたつもりだった研究知見が、その地盤から崩れていくのですから、まるで杭打ちが不完全な施工不良のマンションのようなものです。ここで、わざわざ「(社会)」とカッコ書きを加えたことにも意味があります。心理学の中でも領域によりこの問題への対応には温度差があるからです。知覚・認知心理学あるいは心理物理学など行動指標を使う人たちにとっては、再現性の問題はまだ対岸の火事というか、それほど大きな問題になっていないようです。当該領域を専門とする同僚によれば、おそらくは追試にかかるリソースがそれほど大きくなく、なにか面白い現象が報告されたらまずそれを追試するところからスタートするので、再現性のない研究が一人歩きしにくいという事情があるのかもしれない、とのことでした。

そんな事情もあるせいか、日本の心理学系の学会で再現可能性問題に積極的に取り組んでいるところは、残念ながらまだほとんどありません。現在、私の知る限りにおいて追試研究歓迎を謳っている雑誌は、人間行動進化学会刊行の英文誌Letters on Evolutionary Behavioral Science(5)のみです。また『心理学研究』『社会心理学研究』『教育心理学研究』誌など主要誌に、研究材料や補足資料などをWeb公開する仕組みをもつところもなく、自らの発信する研究成果を再現可能性の検証に供する努力も未だしといった状況です。正直なところOSCとは比較にならないほど小さいですが、われわれの「実力行使」が少しでも制度や仕組みを動かす原動力となればと願っています。

科研費プロジェクトで着手した追試研究の具体的な内容は、日本社会心理学会第56回大会(2015年11月1日)のワークショップでご報告しました。先ほどご紹介したOSCのプロジェクトで追試対象となった研究も含まれています。報告内容や詳しいデータはぜひWebからご覧ください(6)

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最後に、これまでの日本の心理学者たちが再現性の問題を看過してきたわけではないことも強調させてください。例えば日本教育心理学会では、1988年の年次総会で開催されたシンポジウムの中でこの問題を取り上げています。『教育心理学研究』『心理学研究』『実験社会心理学研究』誌に掲載された97編の論文について学部学生による追試研究を行い、原論文との一致率を求めたという労作です(7)。残念ながら具体的なデータは記載されていませんが、一致率は全般的にあまり高くなかったとの報告がなされています。

再現性問題は「古くて新しい」問題なのです。心理学研究の再現性の低さが問われるというピンチを、組織的検証の取り組みを端緒につけるというチャンスに変えて、解決に向けて新たな一歩を踏み出します。


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