採用試験などの性格検査でバイアスを抑えるために利用できる社会的望ましさの認知データベースの開発
『パーソナリティ研究』内容紹介
Posted by Chitose Press | On 2025年11月20日 | In サイナビ!, パーソナリティ研究性格検査において,検査を受ける人が「組織や社会にとって望ましいように見せよう」と,実際とは別の回答をすることがあります。そうした「社会的望ましさバイアス」を適切に把握するために,数多くの特性語への社会的望ましさ認知の得点をデータベース化する研究が行われました。(編集部)
丹亮人(たん よしと):東京大学教育学研究科特任研究員,エム・アール・アイリサーチアソシエイツ株式会社研究員。→webサイト
野村圭史(のむら けいし):東洋大学社会学部助教。→webサイト
分寺杏介(ぶんじ きょうすけ):神戸大学大学院経営学研究科准教授。→webサイト
岡田謙介(おかだ けんすけ):東京大学大学院教育学研究科准教授。→webサイト
採用試験の性格検査は信用できるのか?
近年,心理学研究に限らず,企業の採用試験などでも性格検査が使われることは一般的になってきました。企業にとっては応募者を共に働く組織の一員として受け入れるのですから,性格検査によって組織の風土と合う人材なのかどうかを正確に把握しておきたいでしょう。
一方で,その性格検査によって本当にその応募者の性格を「正確に測れているのか?」と疑問に思う人は少なくないと思います。その主な理由は,「応募者が自分の性格を正直に示さずに,その組織や社会にとって望ましいように見せようとできてしまうから」ではないでしょうか?
たとえば,「裏切りやすい」という言葉が自分の性格として「よく当てはまる」と回答する応募者はまずいないでしょう。本当に試験に受かりたい応募者は,採用者がそのような社会的に望ましくない人材を欲しているとは思わないはずです。むしろ応募者は,採用担当者が「責任感のある」といった性格を有する人材を求めている,と応募者は思うのではないでしょうか。採用試験は,応募者のこれからに関わる大切な場面ですので,その組織に望ましい人材だと思われるように応募者が性格検査に回答することは,ある種当然の行動だと言えるでしょう。
こうした回答者心理により生じる不正確な検査結果スコアの偏りのことを「社会的望ましさバイアス」と呼びます。これは,社会的に望ましいだろうと回答者が考えてとるフェイキング行動から生まれるスコアの歪みだからです。正確な性格検査のためには,そうした社会的望ましさバイアスを除去することが重要です。
性格を表す言葉とその望ましさの重要性
先ほど出てきた「裏切りやすい」「責任感のある」といった性格を表す言葉は,「パーソナリティ特性語」あるいは略称で「特性語」と呼ばれます。また,「その特性語に当たる性格を持つ人間が,どれほどその社会の人々から望ましいと思われていると回答者が思うか」は,心理学において「社会的望ましさの認知」と呼ばれます。特性語の社会的望ましさの認知を得点(数値)として測っておき,性格検査でその得点を適切に扱うことで,先に述べた性格検査のスコアのバイアス(社会的望ましさバイアス)を抑えることが可能になります。この得点は,それぞれの特性語について,たとえば1点(まったく望ましくない)〜9点(極めて望ましい)の範囲で望ましさの程度を表すものです。
問題点と本研究の目的
すでにお気づきかもしれませんがここで重要なのは,特性語の社会的望ましさの認知得点が利用可能な状態にあることです。この得点を性格検査のたびに収集するのは大変なので,あらかじめデータベースとして公開されていると大変便利です。しかしながら,日本語の特性語の望ましさの程度について公開されている情報はいまだ限定的です。公開されている情報では基本的に特性語数が少なかったり,社会的望ましさの認知得点の(中央値などの)要約統計量しか示されていなかったりと,その使いやすさに課題が残ります。そこで本研究では,数多くの特性語の社会的望ましさの認知の程度についてのデータを調査により収集し,その全員分の回答データ(ローデータ)を公開することを目的としました。
使用する特性語の選定および調査の概要
調査に使用する特性語は,人間の5大性格特性として有名なBig Fiveパーソナリティ特性を表す言葉を先行研究から選定しました。さらに,選定した特性語をもとに大規模言語モデル(ChatGPT)を使って新たな特性語を生成することで,最終的には420語の特性語を用意しました。
調査では,回答者は各特性語(「責任感のある」など)で表される人間が「どのくらい社会的に望ましいと思うか」を「まったく望ましくない」から「極めて望ましい」の9つの選択肢あるいは「知らない語である」という選択肢の中から選んで回答します。1つ1つの回答は負担が大きいわけではないのですが,420語もの特性語に対して回答するのは大変ですので,各回答者はランダムに振り分けられた210語に回答すればいいようにしました。また,テキトーに回答してしまう人を検知してデータから除去するための工夫を施しました。さらに,最後には回答者の属性として,年齢,性別,居住地域,職業形態,職種,世帯年収を回答してもらいました。最終的に500名(男性252名,女性246名,その他2名)の回答者のデータが得られました。収集されたローデータは,Open Science Frameworkのサイト(1) から取得可能です(ReadMe.txtファイルが説明書になっています)。
データの適切さの確認のための分析
今回得られたデータが先行研究のデータと同様に「社会的望ましさの認知」の程度を得点化できているのかを相関分析により調べました。先行研究で得られていた4つの得点との相関を検討したところ,いずれも非常に高い相関係数の推定値が得られました。この結果から,本研究で得られた得点データが社会的望ましさの認知の程度として妥当であることの1つの強いエビデンスとなると言えるでしょう。
今後の展望
このデータは,性格検査における社会的望ましさバイアスを抑えるために今後役立てられることが期待されます。バイアスを抑える方法の1つには,丹・分寺・野村・岡田(2025(2))で見られるような比較型尺度の構築時に,社会的望ましさの認知得点が近い特性語を比較させる方法があります。また,今後より多くの特性語の得点が様々な集団から収集されて公開されると,多様な職業や人々に合わせた性格検査作成が可能になることでしょう。
その他にも,本研究のデータはさまざまな基礎研究などで利用できるデータベースになっていますから,今後のパーソナリティ研究の発展の一助になれば大変うれしいです。
文献・注
(1) Tan, Y., Nomura, K., Bunji, K., & Okada, K. (2024). Development of perceived social desirability database for personality trait words. Open Science Framework.
(2) 丹亮人・分寺杏介・野村圭史・岡田謙介 (2025).「社会的望ましさバイアスに頑健な比較型尺度の構築法――総説とチュートリアル」Open Science Framework.
論文
丹亮人・野村圭史・分寺杏介・岡田謙介 (2025).「パーソナリティ特性語の社会的望ましさの認知データベースの開発」『パーソナリティ研究』34(1), 88-90.
