「倫理的罪悪感」を抱く子ほど思いやり行動を示す?
『パーソナリティ研究』内容紹介
Posted by Chitose Press | On 2024年12月27日 | In サイナビ!, パーソナリティ研究他者に物を分け与えたり,困っている人を助けたりといった自発的な思いやり行動(向社会的行動)をよく示すのはどんな子でしょうか? 小学生の子どもたちを対象に,倫理的罪悪感が思いやり行動とどう関連するのか,同情はそれらとどう関連するのかが検討されました。(編集部)
越中康治(えっちゅう こうじ):宮城教育大学大学院教育学研究科准教授。→ウェブサイト
思いやり行動をよく示すのはどんな子か?:同情と罪悪感
心理学の分野では,他者に物を分け与えたり,困っている人を助けたりといった自発的な思いやり行動を「向社会的行動」と呼んでいます。こうした行動をよく示すのはどんな子でしょうか?
道徳的な行動と感情との関連を検討したこれまでの研究では,他者に対する「同情」が最も注目されてきました。同情は,苦痛を感じたり不幸を経験している人に対する「悲しみ」などの負の(ネガティブな)感情であり,こうした感情を抱く子ほど向社会的行動を示すことが知られてきました。
同情以外の感情では,自分に対する「罪悪感」も向社会的行動との関連が指摘されてきました。罪悪感は,自分の不道徳な行いに対する「悲しみ」などの負の感情です。これまでの研究では,「不道徳な行いをしたら,自分自身が悲しい気持ちになると思う」と罪悪感を予測する子ほど向社会的行動を示すと考えられてきました。
どんな理由から罪悪感を抱くか?:罪悪感と倫理的罪悪感の違い
しかし近年,こうした罪悪感(悲しい気持ち)の予測について,その理由づけに注目する必要性が指摘されるようになりました。なぜなら,子どもは「他者に損害を与えてしまった」「正しくない行いをしてしまった」などの真に道徳的な理由から悲しい気持ちを予測することもあれば,「大人に怒られるかもしれない」などの道徳的ではない理由から悲しい気持ちを予測することもあるためです。
最近の海外(主に北米)の研究では,不道徳な行いに対して道徳的な理由による「倫理的罪悪感」を予測する子どもほど向社会的行動を示すことが明らかにされています。また,6歳の子どもよりも12歳の子どもが,自分の不道徳な行いに対して倫理的罪悪感を予測することも報告されています。しかし,日本の児童を対象とした検討はなされていませんでした。
倫理的罪悪感の発達と向社会的行動との関連:本研究の概要①
そこで本研究では,日本(首都圏)の小学校の低学年,中学年,高学年の児童を対象に,倫理的罪悪感の発達と向社会的行動との関連を調査しました。海外の先行研究を踏まえて,倫理的罪悪感の指標としては「感情推測課題」,向社会的行動の指標としては「分配課題」を用いました。
感情推測課題は,架空の場面を提示しつつ,「もし自分が人のものを盗んでしまったらどんな気持ちになると思うか」を尋ね,①感情の選択(「普通」「嬉しい」「悲しい」「怒る」「驚く」「怖い」の6つの表情図から1つを選ぶ),②選択の理由づけ,③選択した感情の強さの評定(どれくらいその気持ちになるか)を求めるものです。道徳的な理由づけからどれくらいの悲しみを予測したかを倫理的罪悪感の指標とします。分配課題は,「外国の貧しい子どもに自分のチョコを分け与える」という架空の場面を提示し,何個分配するか判断を求めて向社会的行動の指標とするものです。
これらの課題を実施した結果から,日本の児童も,倫理的罪悪感を予測するほど向社会的行動を示すことが明らかになりました。また,低学年よりも中学年・高学年の児童が倫理的罪悪感を予測することが確認されました。理由づけに関して,低学年では明確な理由が述べられないことが多く,中学年では「盗んだら相手や大人に怒られてしまう」のような「罰への恐れ」に言及したものが多く見られました。真に道徳的な理由による倫理的罪悪感は発達とともに高まっていくと考えられます。
倫理的罪悪感と同情との関連:本研究の概要②
さらに本研究では,担任の教師に児童の同情について評定を求め,倫理的罪悪感や向社会的行動との関連を検討しました。これまでの研究では同情と倫理的罪悪感の双方が扱われることが少なかったため,両者にどのような関連が見られるのか,探索的に検討を行いました。
その結果,従来から指摘されてきた通り,同情も向社会的行動に正の影響を及ぼす(「他者に同情を示す」と評定される子ほど向社会的行動を示す)ことが確認される一方で,同情と倫理的罪悪感との間には関連は見られませんでした。つまり,同情を示す子が倫理的罪悪感を示すとは限らず,両者は独立した感情であるということです。
さらに,倫理的罪悪感は,同情の向社会的行動に対する影響を調整することが示されました(図1)。つまり,同情が低くとも,倫理的罪悪感が高ければ向社会的行動は大きくは阻害されないということです。
今後の展望
本研究を含むこれまでの研究では,同情や罪悪感のような負の感情(「悲しい」など)が扱われることが多く,誇り(プライド)のようなポジティブな感情(「嬉しい」など)の検討は不十分であることが指摘されています。今後はさまざまな感情を含めた包括的な検討が必要であると考えています。こういった研究の積み重ねは,道徳的な感情の発達の解明だけでなく,向社会性向上のための教育的働きかけへの示唆につながることが期待されます。
論文
越中康治・齋藤玲・長谷川真里 (2025).「児童の倫理的罪悪感の発達的変化と向社会的行動との関連」『パーソナリティ研究』33, 158-161.