対談 問題解決療法――坂野雄二×平井啓(後編)

認知行動療法を世界の最先端から日本に定着させるべく奮闘された坂野雄二北海道医療大学名誉教授と平井啓大阪大学准教授が問題解決療法をめぐって語り合いました。その勘所や適用の工夫はどこにあるのでしょうか? 後編です。(編集部)


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クリエイティビティを育てる

平井啓(以下,平井)

クリエイティビティをどうしたら身につけられるようになるかっていうのは,本当にいま悩んでいるところです。

平井啓(ひらい・けい):1997年,大阪大学大学院人間科学研究科博士後期課程退学。博士(人間科学)。大阪大学大学院人間科学研究科准教授。2020年に『ワークシートで学ぶ 問題解決療法――認知行動療法を実践的に活用したい人へ 実践のコツを教えます』(共著、ちとせプレス)を刊行。

坂野雄二(以下,坂野)

先ほど,3カ月オフで金をいくら使ってもいいとか,新聞紙を何に使うかという話題がありましたが,その他に,時々使う話題が,以前テレビ番組に,「クイズ100人に聞きました」というのがあったでしょ,あのネタです。平日の夕方6時頃,札幌の駅前で仕事終わりのサラリーマン100人に聞きました,みたいなのです。あれがけっこう使えます。たとえば,仕事でミスをしてどう対応すると良いかわからず悩んでいる人に,「札幌駅前で,仕事でミスをして困ったと悩んでいる人100人に聞きました,そういうときにあなたはどう対応しますかと尋ねたとします。すると,どんな答えが返って来るでしょうか」と問いかけるのです。飲んで憂さを晴らすとか,同僚に相談するとか,いろんなアイディアが出てきます。自分一人の問題として悩んでいたときには見つからなかった対応策が出てきます。クリエイティビティを発揮して柔軟なコーピングの仕方を幅広く考えていこうというときにけっこう使える問答だと思います。

Okabe.jpg坂野雄二(さかの・ゆうじ):千葉大学教育学部助教授,早稲田大学人間科学部教授,米国サウスカロライナ大学医学部客員教授,米国MCP Hahnemann大学医学部客員教授,北海道医療大学心理科学部教授等を経て,北海道医療大学名誉教授。現在,医療法人社団五稜会病院心理室顧問,札幌CBT&EAPセンター長,教育学博士。日本認知・行動療法学会(元理事長),日本行動医学会(名誉理事長),日本心身医学会(名誉会員),日本ストレス学会(名誉会員)。シニア産業カウンセラー,臨床心理士,米国Academy of Cognitive Therapy認定Cognitive Therapist,日本認知・行動療法学会認定認知行動療法師/認知行動療法スーパーバイザー。

平井

それを,職場の雰囲気の中に入れ込む方法はないかなと考えています。イメージしているのは看護スタッフです。クリエイティビティと対極のところを目指して,それでみんな追い込まれてしまっていると思います。「あなたはなぜミスをしたの?」みたいな指導になってしまう。でも結局クリエイティビティが足りなかったっていうのが,多いと感じています。既存の組織風土にそういう観点をどうやって入れられるかっていうのはいま本当に悩んでいます。

坂野

看護スタッフの指導で難しいのは,クリエイティビティも必要なんだけど,同時に目の前の患者さんの安全確保をするという至上命題があるでしょう。

平井

そうそう。

坂野

ここの部分はクリエイティビティがあっては困る部分なのかもしれませんね。彼らはおそらく教育訓練の中で,確実にやらなければならないところを押さえるというところを重要視して教育訓練を受けています。それはそれで大切です。ですから,収束的思考と拡散的思考のブレンドをどうするかみたいなトレーニングが必要かもしれませんね。

平井

そうですね。この前に日本緩和医療学会という学会で,認知行動理論を使ったヒューマンエラー対策という話をしました。説明に使った事例は,2年目の看護師さんので,もともとキャパシティが大きくなかったのに,先輩から怒られたり,彼氏とうまく行かなかったりとストレス負荷が大きい状況で,患者さんから痛いのでなんとかしてと言われて,指示用量を越えた痛み止めを渡してしまってインシデントを起こしたという設定になっています。こういう環境で,こういう認知をして,こういう行動をするとインシデントを起こしてしまいましたという解説をしました。その中で,認知に関するレパートリーが少なくて,もともとキャパが小さいのに,師長さんからは早く帰れ,帰れと言われていたところで,患者さんからそう言われたらそうなってしまうよねというストーリーになっています。

組織の上の方にいる人たちは,「最近の若者は……」と言うんですけど,それでは済まされないぐらい医療現場の情報量が増えていてると感じます。

坂野

そうですね。

平井

それを新人さんなんて,めちゃくちゃ情報が多いところに突然突っ込まれるわけです。ところが40代以上の人たちは,自分たちが入職したときは,情報量がそれほど多くないときからスタートして,そこから情報量が増えていってそれとともにデバイスが発達してきて,「便利になりました」という感じで。その感覚は,世代によってぜんぜん違うんじゃないかと思います。

坂野

新人さんは生まれたときからスマホがある世代だから。

平井

そうなんですよ。その影響を上の世代はわかってあげないし,そもそも学習の仕方がたぶん違うんだろうなっていうのを最近思っていています。

坂野

たとえば,わからないことがあったらときに,どうやって調べますか。

平井

検索しますね。

坂野

何で検索しますか。

平井

Googleで検索します。

坂野

それはね,平井先生の世代なんですよ。

平井

はい。

坂野

いまの子どもたちはGoogleで検索しないんですよね。だいたいYouTubeとか映像で検索しますね。「ググる」と言う世代は文字で検索するんですよ。いまの子どもたちは文字で検索せずに動画で検索しているんじゃないですかね。

平井

動画でも検索しますね。

坂野

料理方法を検索するときに,そこそこの年齢の「ググる人」は文字で検索して,何を何グラム,何を何グラム,どういうふうに混ぜて,というように文字で見て,あそこはこうしてやるんだ,みたいな感じ。一方,いまの中高生ぐらいになると,料理の仕方は動きを見ながら覚える。

平井

僕も最近はハウツー系はYouTubeですね。

坂野

動画で検索しているときは,文字での情報処理をたぶんしていないと思います。言語情報の処理の得意な人と,画像による処理が得意な人がいると思います。子どもでも,図表の提示があると学習が進む子どもとそうでない子どもがいる。そうした認知型のようなものが影響してくるかもしれませんね。

平井

電子カルテは文字の集合体じゃないですか。あれがたぶんきついと思うんですよね。全部文字で,しかも大量の文字情報と数字を見ないといけないので。あの処理に苦労する人がけっこういるんじゃないかなと思いますね。膨大な文字情報が,瞬時に出てくるのを大量処理しなきゃいけません。それがストレスになっていると思います。

坂野

時系列が隠れて,1つの場面だけ切り取って出てくるからね。

平井

昔は紙カルテなので時系列が追えますよね。この日のカルテを見ようと思ったら自然と前のページにある前日のカルテが見えてきます。いま電子カルテだと,ポチっと押してその日の情報を見にいこうとしないと見られないんですよ。あれはすごく不便なところですね。

坂野

電磁的情報の良いところと悪いところですね。

平井

彼らの情報処理のスタイルに合った学習がいまないのではないかと思います。

坂野

それにしても,平井先生のスライドは相変わらず文字が多いですね(笑)。

平井

あるときに開き直って,もう詰め詰めにするようになりました。

ところで,複数の選択肢の可能性を思いつくのが苦手な人が多いです。彼らは正解を出そうとして失敗するんですよね。

坂野

先ほどの「3カ月オフでお金をいくら使ってもよいとき,何をするか」を考えるときもそうだし,問題解決療法もそうだけれど,考えるスタートの段階で「価値観」を捨てるということが大切だと思います。最初に「正解」つまり「正しいこと」を探すという発想があるとうまくいかない。

平井

はい,はい。

坂野

この点はとても大切ですね。いいことを考えようとするといいことが見つかりにくく,できることを考えようとできることが見つかりにくい。

平井

それでいくと,図の赤枠の部分になるような複数の選択肢を思いつかないのです。ひょっとしてこうなんじゃないか,というところにいかないのが,こういう人たちのたぶん一番の問題点だと思います。正解は別に出さなくても,複数の案を思いつくことができれば,ちゃんとした人に相談に行けるから,OKなわけです。「こうしてみたら」って言ってもらったら,話は解決します。その行動がとれるようになればというところまでは何とか概念的に整理をしたのですが,これをどういう訓練でやれば彼らが実際にできるようになるというところまではちょっとまだ行っていません。シートをつくったので,何かインシデントが起きたときにこれに整理してくださいと,病棟の管理者にはこれを渡して説明をしていますが,まだ定着までは全然行っていません。

図 インシデント時の振り返り用ワークシート(平井,2022; 日本緩和医療学会発表資料)

日常体験から学ぶ

坂野

最初に仕事の話題から入っていくからかもしれませんよ。最初は仕事の話題ではなくて,それこそ,この週末に何をしようかなとか,あるいは今度デートするときに何を食べようかなとか,身近な話題でやっていくといいのではないでしょうか。たとえば今度のデートで何を食べようかを考えるときに,はじめからこれにしなければという答えはないですよね。

平井

はい。

坂野

最初はトンカツもいいな。いや,トンカツはちょっと油っぽいからやっぱりイタリアンかな。パスタもいいけど,ピザもいいな。それだったらスペインのパエリアもいいんじゃないか。そういえばあそこのフレンチもおいしそうだったし。デザートはこっちの方がいいよなとかいろいろと考えるとその中から良いアイディアが見つかる。それから,いま自分が置かれている状態を考えると,それらのアイディアの中からいまできそうなことが結果として見つかる。財布の中を見て,やっぱりラーメンにしちゃおうかと。

平井

なるほど,そうか。

坂野

生活体験の中で,彼らがすでにやっていることがありますよね,それをいかに増やすかを考えるのです。何か新しいことを学ぼうじゃなくて,実はやっているけれども,古典的な言葉でいうとオペラントレベルが低いものを増やすという発想ですね。

平井

たぶん業務になった瞬間に,枠を当てはめられるから,それが使えないわけですよね。

坂野

だから,最初は業務じゃなくて,日常生活の中で同じことが活性化できるような,そういう練習をしてから,それを仕事に当てはめたらどんな感じになるのか,と。

平井

普段からやっていることはあるわけですよね。なるほど,なるほど。

坂野

それこそ,晩ご飯を何にするかとか,今日のデザートを何にするかとか,日常生活の中であれしようこれしようと考える経験はもっているんですよね。看護師である彼らも何かの経験をもっているはずです。

平井

それは絶対にもってますね。

坂野

それを引っ張り出すんです。

平井

なるほど,なるほど。それは絶対にそうですね。

坂野

新しいことを学ぶこともよいけれど,すでに学んであることを活性化させることも使えますね。

平井

なるほど。

坂野

たとえ話を生活体験の中からとってくるとよくわかります。だって少なくとも,それまで二十何年か生きているんだから。ただそれをうまく言語化できないとか,言語化するのが苦手な人がいるかもしれません。そこをちょっと配慮してあげれば良いのでしょう。

坂野

私は,学生時代のアルバイトの話とかはよく聞くんですよ。何をしていたかを聞いて,そこではうまくいっていた体験がみなさんあるので,それを使えないかと考えたりします。それを引き出して,いまとどう違うのか,どうしていまの方がしんどいのかを聞くようにしています。

坂野

こんなエピソードがあります。学生さんによく言われたのは,「坂野先生のゼミに入るには,英語ができないと困るらしい,統計ができないと困るらしい,難しそうだ」と。ゼミの説明会のときに学生が「先生のゼミの入ろうとすると,英語ができないとだめですか」と質問する学生がいるのです。平井先生ならどのように答えますか?

平井

「どうでもいい」って答えますかね。

坂野

私はね,こういうふうに答えていました。アルバイトをやったことがあるか尋ねます。すると,かなり多くの学生が「はい」って答えます。そこで,「何をやっていたの」と聞くと,たとえば,居酒屋でアルバイトやっている学生さんがいるじゃないですか。「居酒屋でアルバイトしていました」と言うと,「メニューは全部頭に入っていましたか」と聞きます。すると,「最初はもう覚えるのが必死でした。でも,メニューを覚えたら仕事が楽になりました」というような答えが返ってきます。そこで,「心理学を勉強するときの英語もそれと同じで,その業界で使う言い方がある。飲み屋に行くと飲み屋の言葉がある。ラーメン屋に行くとラーメン屋の言葉がある。それと同じように,心理学屋さんに行くと心理学の言葉がある。それを覚えたら終わりだよ。だから,中学校のときに学んだ英語の知識があったら,それで終わり」のように声を掛けます。そうすると,学生さんはホッとするだけでなく,自分の生活体験の中で,できたっていう経験を引っ張り出してあげれば,新しいこともできそうだというセルフ・エフィカシーは上がるのです。バンデューラ先生が言う「遂行行動の達成」に気づくとセルフ・エフィカシーが上がるのです。

平井

そうですね。

坂野

看護職の人たちは,国家試験に合格しているんだから。

平井

知識はすごいです。

坂野

「あれだけの知識を見につけたんだよ,あなた」というように,声をかけてあげる必要がありますね。

平井

そうですね。ちゃんと国家試験に通って,採用試験も通ってここにいるわけですからね。

平井

次に行くためにはそのへんを何とかしなくてはいけないなと思っています。いま看護協会の管理者研修でレクチャーをしています。師長さんにあたる人向けの人材育成のところで,セルフ・エフィカシーの理論とかを教えているのですが,そこと実践の間を埋められないかなって思っていいます。

坂野

生活体験ですね。

平井

そうですね。そこはちょっと抜けていましたね,完全に。生活体験と結びつけて指導するんですね。

坂野

たとえば10人の人が話を聞いていたとすると,10人ほぼ全員が体験したことのある生活体験を引っ張り出すといいですね。だいたい,食べ物にまつわる話が一番理解が進みますよ。

平井

そうですね,レストランに行って,メニューを見て,どれにするかを決める。

坂野

あれ食べたいこれ食べたいと考えるけれども,最後に意思決定をするときには,現実的な条件を考えるのですね。お金がないからコーヒーだけにしようって。

平井

そうですね,最初からそれを考えてはだめなわけですよね。

坂野

最初からそれを考えるとうまくいきませんね。日常生活で経験していることですよね。

食べること,遊ぶこと,みなさんが「普通に」経験していることが良いでしょう。ただし,下ネタをもってくると難しい。別な感情が生じるから。

また,大きく価値観がずれないのがいい。

ですから,晩ご飯を何にしようかっていうのが生活の中では一番わかりやすい例ですね。

平井

たしかにうつっぽくなってきたら晩ご飯を決められないとかありますよね。メニュー見ても決められない。

坂野

旅行の話では,たぶん予算が気になるから,題材としては難しいかもしれませんね。

平井

本当に,今日の晩ご飯に何を食べたいというのはいいですね。

坂野

たまには外食に行くか,何にしようか,みたいな。たまにはお酒飲みたいよなとか,アイディアがいろいろ出てきます。

別の視点をもつ

坂野

対象になる看護師さんは,世代的にはどの辺りの人が多いのですか。

平井

そうですね。ただ,若い人よりも,若い人を指導する人たちですね,この人たちの認知と行動をどうやって変えていくか課題です。

坂野

もう「出来上がっている」人たちですね(笑)。

平井

その人たちの視野が狭いので,若い人たちが押し込められるっていう構造になっているので,変えるべきはこっちの人たちの認知と行動なんですけど。

坂野

看護師という職業の特性もあるのでしょうかね。

平井

組織に残っている人はみんな成功体験をもっていて,私はうまくいったって思っていますが,レパートリーは少ないんですよ。

坂野

人事交流の幅が狭いということもあるかもしれませんね。

平井

そうだと思っています。組織の中では異動でいろいろと変わりますけど。

坂野

基本的に業務内容が決まっている職種だから。

平井

そう思います。医師もいろいろと病院は変わるけれど,業務は変わらないですから,発想がどんどん狭くなっていく。

坂野

私の職場に保健師さんが2人いるのですが,若手とベテランです。ベテランさんの方はずっと保健師をやってきた人ですが,産業場面でやるのははじめての人。若手の方は,産業保健師業務をやりたかったんだけど,これまでずっと病院内で病棟勤務だった人。センターに欠員が出て保健師を探さなくてはというときに,「やりたい」と言って,病棟から来てくれた人です。2人の経験と問題意識がちょっと違っているからうまくいっているように思います。

平井

視点が違いますよね。

坂野

2人ともよく勉強するんだけど,勉強するときの視点も微妙に違っていて,それぞれの個性を生かして仕事をしてくれています。

平井

意識的に違う見方のところに身を置くかですね。

坂野

たしかに中堅どころから上の人たちだと,看護師さんの中にはもう見方が固まってる人が多いかもしれませんね。おそらく,そういうのが求められてきたんでしょうね。

平井

そうなることをまた下に要求するので,そりゃ辞めてしまいますよねという話ですね。

坂野

そういう意味では,上に立つ人が「こうあるべき」という価値観から解放されるといいのかもしれませんね。よく看護師の人に言うのですが,たとえば境界性パーソナリティ障害の人とか,重度の強迫症の人がいると,「彼らは人を巻き込む」と言う看護師さんがいます。その職員に,「彼らは巻き込もうとしてやっているんじゃないんだよ,あなたが巻き込まれているんだよ」,「人を巻き込んで困ったことをやるのではなくて,あなたが巻き込まれていることに気がつかなくては」と指摘します。彼らは人を操作しようとしてやっているわけではなくて,自分の生活を何とかしようと思ってやっているんだと。人を巻き込んでいるというふうに感じたということは,自分が巻き込まれているんだよと。

平井

たしかにそうですね。

坂野

「人を巻き込む」と言っているときには,「こういうふうにすればいい」,「こうすべきなのに」というのを前提にして考えていることが多いですね。

平井

価値観ですね。

坂野

それを捨てると,どの患者さんも頑張っている,とてもいい人に見えますよ。

平井

うん。そうですね。こうした方がいいという価値観ですね。なるほど。

坂野

平井先生が指導されているところを一度見てみたいですね(笑)。

平井

けっこう僕は中途半端な心理士ですので。一般的な臨床心理でタブーとされてるようなことはだいたいやりますけれどね。

坂野

一般的にタブーとされていることって,やっぱり価値観が背景にあることが多いですね。

平井

「絶対大丈夫」とか言いますね。「良くなる」とか言って。ここは言っておかないとだめだと思って。

坂野

「絶対」は好ましくないでしょうね。でも,「良くなる」は,患者さんが相手だと「あり」かもしれませんね。「良くなるっていう信念を捨てちゃだめだよ」って,私は患者さんによく言いますね。よくなるというのが頭から消えたら,動けなくなってしまう。「どういうふうになりたいの」と聞いたりもしますね。「これがもう嫌なんです」と患者さんが言うと,「じゃぁ,どうなりたいの」って聞いたりしますね。「これこれが嫌なんです」だけだと問題の理解じゃないのですよね。問題解決につながりにくい。やっぱりゴールをはっきりさせることが大切だよね。

平井

どうなりたいかっていうのをよく聞くんですが,やっぱり言えない人が多いですね。言語化されていなくて。よくその逆を聞くようにしています。絶対に嫌なこととか,したくないことを聞いたら,わりと出てくるので。

坂野

それは言い慣れてることだからですよね。

平井

そうです。それを言ってもらって,それを裏返してもらうようにするようにしてますね。

坂野

昔,家庭内暴力で困っているという中学生のご両親とお会いしたのですが,こういうことがある,こういうことがあるといろいろうかがってから,あるとき,「来週にお会いするまでに何か子どもさんの良いところを見つけてメモをとってきてくれますか」とお願いしたのです。次の週にお会いしたとき,お母さんのメモには「水曜日に晩ご飯を食べた後,お皿を流しのところまで持ってきてくれた」と書いてありました。お父さんの方はメモが真っ白なんです。「お父さんどうでしょうか」と聞いたら,「ないからここに相談に来てるんです」とおっしゃった。たしかにそうかもしれませんが,良いところがないからここに相談に来ているという発想が出る背景としては,子どもへの関わり方という点から見ると,子どもに対する「ほめ言葉」,「報酬」がこれまでまったくなかったという状況かもしれませんね。「そうかもしれませんが,お母さんはこんなことを書いてきてくれたのすよ。小さなことでもいいので,同じようにお子さんの良いところを見つけてみましょう」と言ったら,次の週には良いところを見つけることができたのです。そのお父さんのことを思い出してしまいました。

坂野

一度,平井先生がワークショップをしているときに参加してみましょう。

平井

どこかでやりますね。今日はいろいろとお話をお伺いできて参考になりました。ありがとうございました。

(了)

さまざまな不安やストレスを解消するために,医療現場や相談機関で活用されている問題解決療法。それぞれが抱える問題を解決するための5つのステップを,ワークシートを用いながら具体的に解説します。本人だけでなく,支援者や家族も活用できる実践のコツが詰まった1冊。