対談:犯罪・非行からの離脱をめぐって(後編)
対談 山田憲児×岡邊健
Posted by Chitose Press | On 2022年01月25日 | In サイナビ!, 連載犯罪や非行をしなくなること,しなくなっていくプロセス――犯罪・非行からの離脱――が近年注目されています。社会学的な視点から多面的に分析した『犯罪・非行からの離脱(デジスタンス)』の編者である岡邊健・京都大学教授と法務省や就労支援事業者機構等を経て,現在は更生保護施設・更新会で常務理事をされている山田憲児氏とが,犯罪や非行からの離脱の実情と課題を語り合いました。後編では,犯罪や非行をめぐる言葉の問題,偏見,地域社会とのつながり,少年法改正,犯罪・非行の定義について。(編集部)
犯罪や非行をめぐる言葉の問題
岡邊
本の中にはその他に,少年院の章とか,あるいは新聞記事・雑誌記事などに着目したような,歴史的な言葉の使われ方の変遷をたどったような研究とか,いくつかの章があります。
岡邊健(おかべ・たけし):京都大学大学院教育学研究科教授。『犯罪・非行からの離脱(デジスタンス)』(編著,ちとせプレス,2021年)を刊行。
山田
「立ち直り」という言葉に着目して,それだけを研究している人がいるというのは面白いと思いました。その言葉がはじめて登場したのはいつかとか。
山田憲児(やまだ・けんじ):更生保護施設「更新会」常任理事。
岡邊
第3章の岡村逸郎さんの分析によると,法務省の社会を明るくする運動が,「立ち直り」という言葉を社会に広めていくきっかけになっているという見立てです。
山田
言葉というのは非常に面白いと思う。たとえば,社会復帰という言葉もあって,これも人によって全然概念が違います。たんにその刑務所からシャバに出てくるのを社会復帰と言う人もいる。私はそれは違うと思っていて,社会的な統合とか適応の状態が社会復帰だと思います。
岡邊
たしかに,社会復帰がそういうふうに使われていることがありますね。私も第1章で,リハビリテーションという言葉が,回復というニュアンスを込めて使われてるというように書いているのですが,おっしゃるように,刑務所から出ること自体を指して社会復帰という言葉が世の中では使われていますよね。
山田
リハビリテーションというのは英語ですが,re-haveで「再びもつ」という意味だよね。犯罪によって失ったものを再びもつ。たとえば家庭や奥さんと別れたのが戻るとか,職を失ったのが再び職業につくとか,re-haveなんですよね。そのリハビリテーションを「社会復帰」と日本語をあてていましたね。
岡邊
言葉の定義づけや使われ方については,第1章である程度整理しました。この本のタイトルでは「離脱」という言葉を使っています。関連して「立ち直り」とか「社会復帰」とか,「回復」という言葉も最近は使われています。一方で「更生」という言葉もよく使われていて,歴史的には一番長い。
山田
法律がありますからね。犯罪者予防更生法という法律によって更生保護制度ができたので。一番古いのが更生で,意味合いとしては「甦り」ですよね。
岡邊
東京で出所者支援をなさっているマザーハウス(1)の五十嵐弘志さんが,刑務所から出て社会でやっていくことについて,「立ち直り」や「更生」という言葉をあまり使いたくない,「回復」という言葉を使いたいとおっしゃったことがあって印象的でした。当事者の方々が言葉について,こういう言葉はちょっと嫌いだなとか,こういう言葉を使いたいというこだわりを耳にするのですが,先生は言葉遣いについて何かお考えや感想はありますか。更生保護の現場でずっと長くやっていらした方からすると,更生という言葉が普通に流通していたと思うのですが,対象者と関わる人はどんな言葉を通常よく使っておられますか。
山田
「立ち直り」という言葉が一番一般的かもしれないですね。社会を明るくする運動で,「防ごう犯罪と非行 助けよう立ち直り」という標語を定めて,それが一般的に広まっていったという経緯があると思うんですけどね。
岡邊
そうすると,更生という言葉はちょっと古いですか。
山田
古いイメージがありますね。朝日新聞とか読売新聞でも,「更生」を「更正」とする間違いがたまにあります。更生という用語は,たとえばパソコンでも「更生」がすぐに出てこなくて,「更正」が出てくることもあります。更生という用語は一般的にはまだ社会に定着してないと私は思いますね。
岡邊
ある種,専門家の言葉としてずっと使われてきたという歴史があったんでしょうね。なるほど。先ほど「立ち直り」の言葉遣いに関する分析の章を面白いと言っていただきましたが。
山田
こんな研究をする人がいるのかと,驚きでしたよ。私も「社会内処遇」という言葉がいつから使われ始めたかといった語源を調べたことがあって,昭和24年に犯罪者予防更生法ができて,日本に更生保護制度が樹立されましたが,昭和20年代には社会内処遇という言葉はまったく使われていませんでした。昭和40年代に入ってから出てきます。法務省保護局長とかが全国の保護観察所長に対して,保護局長指示とか訓示とか大臣指示などを出しますが,そこではじめて社会内処遇という言葉が使われたのは,私が調べたところでは昭和40年代の初めでした。
岡邊
先ほどの施設外処遇という言葉がそれより前は使われていたわけですね。
山田
そうそう。施設外処遇という言い方が多かった。
岡邊
言葉の使われ方によって世の中の認識や意識が変わることはしばしばあるわけで,まさにこれは社会学的な視点だと思うのですが,そういう意味では第2章,第3章で言葉に着目したというのは,それなりに意味があるとは思います。先生にそういうふうに言っていただいて大変光栄で,ありがたい話です。その他,何かどこでもけっこうですけど,お気づきになられたことがあれば,ぜひお伺いしたいと思います。
犯罪や非行に対する偏見をなくしていく
岡邊
少年院については仲野由佳理さんが第4章で最新の状況を書いておりますが,矯正の観点はいかがでしょうか?
山田
少年院は最近非常に頑張っているよね。少年法の改正論議の中で,年齢の引き下げをどうするかということがありました。かなり多くの少年院のOBから少年院の存在意義をアピールするということをやっています。中村すえこさんが『記憶』(2)という映画を作って,自主上映をしています。
岡邊
少年院に入院した経験を持っていらっしゃる方ですよね。
山田
カミングアウトする人が増えてきました。セカンドチャンス!(3)という団体もそうだけれど,自分はかつて少年院にいたけれども,いまこうしてやっていると明らかにする人が多くなった。これは非常にすごくいいことだと思います。イメージを変えていくという意味で。高坂朝人さん(4)もそうですね。高坂さんはいま見たらすごい紳士ですからね。どこが非行少年だったのかと。
岡邊
まったく面影はないですよね。たしかにそのとおりですね。チェンジングライフの野田詠氏さん(5)もそうですね。
山田
高坂さんも野田さんもお子さんをもって,本当に幸せな家庭を築いている。だから,犯罪や非行は少年時代にはあるかもしれないけれども,それでずっと人を決めつけてはいけないということなんだろうと思いますね。
岡邊
この前,縁があって東京大学の1~2年生の授業で1回話をする機会がありました。私が話すよりはと思って大阪の野田詠氏さんに加わってもらいまして,20分ほど話をしていただきました。東京大学の20,30人ぐらいの学生さんでしたが,非常にインパクトを受けたようで,そのときの学生さんの感想を聞くと,「イメージが変わった」「知らない世界だった」ということでした。いままさに先生がおっしゃったとおり,知らない世界を知ることはとても大事で,知らなかったら偏見をもち続けることは普通にありそうだということが実感としてわかったという感想がいっぱい出てきました。そういう意味で言うと,当事者の方の声が広がってきたのは非常にいいことだと思いますし,もっともっと社会の中で,昔はやんちゃをしていたけれども,きちんと立ち直っていくという実例が出てきて,犯罪・非行に対する偏見が軽減されていくのはとても大事かなと思います。
地域社会とのつながり
岡邊
社会を明るくする運動にも長年携わってらっしゃったと思いますが,これはまさに社会の偏見をなくしていこうという活動です。
山田
社会を明るくする運動は地域に着目したもので,まさに社会学者の発想なんです。犯罪者予防更生法を日本の立場でつくった起案者は,東京大学文学部社会学科卒の大坪与一という人なんです。法律学者ではない人が犯罪者予防更生法を起案した。社会を明るくする運動の命名者も大坪与一さんです。社会を明るくする運動なんて,変な運動でしょう。
岡邊
一見すると,不思議な名前ですものね。
山田
「街灯をつけましょう」とか,松下幸之助さんの「明るいナショナル」みたいなことを言っていますが,地域社会に焦点をあてて,コミュニティ・オーガニゼーションによって犯罪や非行は生じなくなるという発想は社会学なんですよ。
岡邊
シカゴ学派以来の伝統的な見方ですよね。
山田
社会を明るくする運動にもマンネリ化してるとか,変な名前だから変えたらいいとか,私が現職の法務省職員の時代に何回かそういう話もあったんですよ。社会を明るくする運動という名前を残そうと,それに抵抗しました。
岡邊
そうなんですか。ただ一方で,残念ながら社会一般からすると必ずしも知名度が高いとはまだいえないようにも思うので,広報の課題が大きいかなという気がします。
山田
地域社会に対する働きかけが一番難しいですね。地域の力で犯罪や非行をなくそうという思いはあるのですが。
岡邊
更新会の施設はまさに地域の中の住宅地も近いところで溶け込んでるように見えますが,地域との関係性はいかがですか。
山田
地域との関係性をつくろうと思ってもなかなかね。たとえば,この部屋は去年できたもので,それまでは職員宿舎だったんです。職員宿舎をつぶして,この小会議室をつくって,保護司とかBBSとか地域の人に,「どうぞお使いください」と伝えているんだけど,なかなか利用者がいないです。地域社会とのつながりがあることが理想なんですよね。
岡邊
長年の歴史があって非常に伝統がある施設とはいえ,その意味では,現状としては地域と深くつながりがあるわけではないということでしょうかね。
山田
そうですね。学生とはね,SST(ソーシャルスキルトレーニング)では毎回,早稲田大学の学生が3名参加していますけれども。
岡邊
とても大事ですよね。学生とのつながりも。
山田
学生もほとんど知らないからね。犯罪者と会ったことも話したこともない。ところが,この施設にいる人たちは家族を失って,奥さんとか娘さんもいない,お孫さんもいない。21,22歳の学生が来ますからね。学生と話ができるなんていうことはね,本当にないんですよ。
岡邊
普段接することのない若い方と話すことも新鮮に感じますよね。
山田
そうですね。ここは,「寛容と共生の社会」の実現を目指す場所ですから。共生社会の実現,そして犯罪に対する処罰には厳罰と寛容がありますが,寛容を目指す。
――新宿区とか自治体の方とのやりとりはけっこうあるのでしょうか。
山田
福祉事務所とはあります。昔よりも福祉や生活保護が受けやすくなったという印象はあります。生活保護では以前は親族照会があって,扶養義務があるかどうかをチェックされていましたが,それがなくなりましたしね。
――一般の地域の方との接点はそれほどないと。
山田
そうなんですが,隣のマンションに住んでいるご婦人が時々更新会に来られてプレゼントをくれるというようなこともあります。企業から,1500本のジュースの寄付もありました。他にも,東京ディズニーランドの備蓄米を500kgいただくとか。いろいろな人から寄付をいただくのは,それだけ更生保護施設への理解をしていただいているということだから。
――犯罪・非行は日本全体では少なくて,外国に比べて安全安心という感覚がありますが,逆に一般の方からすると縁がなさすぎて,身近にはないものという感じがありそうに思いました。実際に身のまわりでも,なかなかないですよね。そこに難しさがあるのかなと。
岡邊
少ないから,話題になりにくいですからね。そうかもしれませんね。
山田
マスコミの影響力というのはものすごいんですよ。私から見たら,やたらと犯罪や非行をマスコミが報道しすぎるように思います。実際は刑法犯の認知件数は下がっているのに,世論調査で「犯罪や非行が増えていますか」とか,「少年非行は増えていますか」と聞くと,8割の人が「増えています」と回答する。だから本当に寂しいな,実態がわかってないなと思います。
岡邊
興味深いことですが,非常に少ない特異な凶悪事件に報道の焦点があたりやすくなっている面はあると思います。アメリカのように,毎日のように殺人事件が起きていればニュースにもならないですから。日本はある意味では安全で,殺人が頻発している国ではまったくない。だからこそ,起きてしまうと報道が過熱する傾向が,とくに少年の場合にはありますね。
少年法の改正による年齢の引き下げ
岡邊
少年法について2022年4月から改正法が施行されますけれども,大きく変化をすることの一つとして,18,19歳で起訴された場合に,少年法の規定が外れて,実名などの特定できる情報を報道することができるようになります。このあたりの少年法の改正について,どのようにご覧になっていますでしょうか。
山田
非常に残念なことだなと思っています。やはり,家裁調査官,鑑別所の技官,少年院の教官は,専門家集団として優れているし,少年に対する教育は優れた教育ですよ。日本の教育の中で,学校教育よりも優れているのではないかな。人間教育というか。私は教育学部の出身だからこそ,教育の力を信じたい。教育によって人が変わると。そうでなかったら教育の意味がないものね。人間教育という意味でね。それをちゃんとやっていたのに,土俵が狭められてしまう。18,19歳が成人扱いになってしまう。少年院はかなり数も減ってきて,帯広少年院もなくなり,毎年少しずつ閉鎖になっています。非常に寂しいことですね。可塑性に対する信頼もあります。ちょっとした過ちは少年時代にあるものだけれども,それですべて人生が決まっちゃっていいのかと。やり直しのきく社会でなければいけないんじゃないかなと思います。ところが,ネット社会なものだから,前科がマスコミで報道されて,検索すればすぐ出てきてしまうのは非常に恐ろしいことです。あいつは犯罪者だと。ネット社会における実名報道の恐ろしさですね。
岡邊
忘れられる権利という言葉も最近は出てきています。ネット社会で記録が残り続けてしまうと,10年経っても20年経っても,名前を検索すると過去の犯罪が出てきてしまう。本人とっては非常に大きい影響があります。ネット社会の負の側面といえますね。
山田
成人年齢を合わせなきゃいけないっていうのが,改正の発端だと思いますが,選挙年齢を20歳から18歳に引き下げても,18,19歳の投票率は30%台とか40%台だった。ドイツでは,その倍ぐらいの若者が投票しています。日本はそういう実態ですし,10代の若者はまだ子どもなのではないでしょうか。領域によって,年齢が違ってもいいのではないでしょうか。酒とかタバコは年齢を引き下げなかったですから。厳罰によって人はよくなるとか,犯罪をしなくなるかというと,そうではないと思います。それより教育の方が大切です。
岡邊
少年法の今回の改正は,もしかしたらじわじわと悪い影響が出てくる可能性があるかもしれませんね。18,19歳だと,おそらくいまのマスコミの状況ですと殺人事件が起きれば名前が出て,顔が出てということになる。18,19歳の人たちは,社会復帰がなかなか難しくなりますよね。
何を犯罪とするのか
岡邊
本についてですが,第9章,第10章はやや学術色が高い章ではあったのですが,いかがでしたでしょうか。第10章は犯罪の定義の問題を扱っています。山口毅さんが書いた章です。
山田
軽微な刑法犯を非犯罪化して,福祉の対象とすることなどは共感します。貧困を減らす手厚い再分配が重要であろうと。この章を読んでいて,ブッシュっていうアメリカの大統領が昔はとんでもないならず者で,非行少年だったとわかって面白いなと思いました。
岡邊
アルコール依存症だったということですね。この章のつかみの部分で,最初は名前をあげずに書いています。ちょっとネタばらしになりますけれども。
山田
アルコール依存から脱却したようですが,イラク戦争を起こしたのが最大の犯罪なんだというオチがあるんですから。結局のところ,ブッシュは犯罪者であったと。いや,これは面白いなと思いました。
岡邊
山口さんを含めて私たちは研究会で研究してきているのですが,犯罪の概念をもっと広げて,いままでは犯罪と見なされなかったような戦争とか環境破壊であるとか,企業が非常に大きな損害を与えるようなものも犯罪なのではないかと。そのように考えていくべきという動きが世界的にもありまして,日本ではなかなかそのあたりの視点が弱かったんです。
山田
昔の検事総長の但木敬一さんが書いたのを読んだことがあるのですが,「最大の犯罪は戦争である」とはっきりと言い切っています。早稲田大学の元総長で更新会顧問をしておられる西原春夫さんも戦争犯罪について,述べられていました。たとえば,太平洋戦争で300万人もの人が亡くなっている。日本が戦争に負けるのがわかっていながら,特攻隊を組織して「体当たりで死んでこい」というのは,殺人犯なんじゃないかと。「戦争」という言葉によって,それが許されるのはおかしいなと思いますよ。戦争は10万人,20万人があっという間に死んでしまう。そこに目を向けないのは,どう考えてもおかしいと思います。
岡邊
第10章では,かなりドラスティックに,たとえば少年非行での万引きみたいな比較的軽微な非行はそんなに大きなハームを社会に与えてないと,むしろ取り締まることの害もあるよねっていう主張です。
山田
浜井浩一さんの『2円で刑務所,5億で執行猶予』(6)という本がありましたよね。これも衝撃的だった。封筒代が2円でそれを窃盗すると刑務所に入れられる。私も前から考えていましたが,100円や200円のおむすびを盗んで懲役1年とか2年とかになる。それがたくさんあるわけです。100円のおむすびを盗んだ犯罪に対して懲役1年の実刑を与えるのは,1万倍もの社会的費用がかかる。慶應義塾大学の中島隆信教授が,『刑務所の経済学』(7)という本を書いています。1人の受刑者を刑務所に1年入れると,どのぐらいお金がかかるか計算している。中島さんの本では,300万円と書いてある。法務省の統計や資料を駆使すれば算出できます。法務省の予算,矯正局の予算,刑務所の予算が1年にいくらか,刑務所に1日平均何人いるのかもわかるからそれで割れば出てくる。そうするといまは300万円どころではなくて,350~400万円くらいになる。1人の人を刑務所に入れるために,それだけの税金がかかっている。刑務所の建設費用や警察官,検察官,裁判官の人件費を除いてですよ。それらを含めたらもっと莫大なお金がかかっていて,そこにいったい何の意味があるのかと。むしろ私は1人でアパートを借りて生活保護をもらったとして,月に12,13万円です。年間でも200万円いかないです。福祉的に生活保護を受給することによって,犯罪をしない人も出てくる。刑罰よりも福祉や生活保護を優先すべきではないかと思います。社会にとって,賢明な判断だと思います。
岡邊
刑務所は社会的なコストがかかっていますよね。もちろん本人に対しても,刑務所に1年行くだけで前科がつき,「ムショ帰り」と後ろ指さされるという意味でも害がある。そういう意味で考えると,いまおっしゃられたような事例では,刑務所に行かなくてすむのであれば,そういうあり方がもっとあっていいのではないかと考えられます。
山田
刑務所からこの施設に入ると,ここに住民票を移して住民登録をするのですが,この施設から出てアパートを借りようと不動産会社に現住所を言ったら,必ずはねられる。この住所でアパートを貸してくれる物件はないんですよ。仮にアパートの所有者が理解のある人でも,いまは身元保証人の代わりに保証会社をつけるのですが,そこがチェックして,ここの住所だとはねちゃうんです。アパートが借りられない。
岡邊
強い言葉でいうと差別ですよね。
山田
非常に厳しい現実があります。あと一つ,数字に関する言葉の間違いで,再犯率と再犯者率とがある。最近政府は『犯罪白書』などで,「再犯者率が48.8%です」と言っている。再犯者率が高いと。一般の国民が聞いたときにどう思うかというと,「再犯者率=再犯率」と受け止めるんですよ。再犯者率は,たとえば捕まった人や刑務所に入った人の中で,初犯者と再犯者を比較して,再犯者の占める割合がどのぐらいかというものです。初犯者も減っているし,再犯者も減っている。ただ減り方が再犯者の方が少ないから,再犯者の占める割合が高いというだけであって,それは再犯率ではないんですよ。夜のニュースなどで,「令和何年度に,法務省は『犯罪白書』を出して,再犯者率が48%になりました」などと放送すると,48%の人が刑務所を出て再犯しているんだと受け止めてしまう。そこが非常に怖い。現実には,少しずつですが再犯率は低下している。私が現役の法務省の職員の頃は,5年経つと5割が刑務所に戻っていましたが,いまは徐々に下がってます。
岡邊
刑務所再入率と言いますけれど,たしかに長期的には緩やかに下がってきています。少年院の再入率も同じように,若干下がってきています。これはあまり知られてない情報ですよね。最後の第10章についても評価していただいて,大変ありがたいです。
山田
みなさんが面白く読むかどうか別問題ですけれども。いやそれにしても,いまは出版業界も大変だそうですね。
岡邊
私としては,社会的意義がある本だと自負しておりますので,今日の対談もその売り上げに貢献してくれればいいなと思ってます。
山田
とにかく,教育社会学者が犯罪と非行に関心をもつという意味でこの本は二重丸ですよ(笑)。
岡邊
ありがとうございます。この本に書いているメンバーの大多数は教育社会学者と名乗っていますので,そういう意味では我々世代の教育社会学者の総力を結集した書籍となっております。先生には今日はいろいろと批評していただいて,多分みんな嬉しく思っているのではないかと思います。どうもありがとうございました。
(了)
文献・注
(4) 高坂朝人ブログ「夢は,世界中の再非行を減らし,笑顔を増やすこと」
(6) 浜井浩一(2009)『2円で刑務所,5億で執行猶予』光文社.
(7) 中島隆信(2011)『刑務所の経済学』PHP研究所
犯罪や非行をしなくなること,しなくなっていくプロセス――犯罪・非行からの離脱――が近年注目されている。離脱を多面的に深く理解するために,気鋭の社会学者たちが集結。離脱に関する言説の分析,インタビュー調査を用いた実態の分析,離脱や犯罪・非行に関する理論的な検討を平易に紹介する。