向社会的行動の対象とその動機づけ
『パーソナリティ研究』内容紹介
Posted by Chitose Press | On 2021年09月17日 | In サイナビ!, パーソナリティ研究相手のことを思いやって,または誰かのために行う行動である向社会的行動は,その対象によって行われやすさが異なることがこれまでにわかっています。対象によって向社会的行動の動機づけがどのように異なるかが,小学5年生から中学3年生に対して調べられました。(編集部)
山本琢俟(やまもと・たくま):早稲田大学大学院教育学研究科博士後期課程/日本学術振興会特別研究員。→ウェブサイト
相手のためを思いやって行う行動――向社会的行動
心理学では,相手のことを思いやって,または誰かのために行う行動のことを向社会的行動(こうしゃかいてきこうどう)といいます。たとえば,「重そうな荷物を持っている人に声をかけ,荷物の一部を持つこと」などです。相手のために向社会的行動を行うことで,その相手と仲良くなったり,それを見ていた他の仲間からの印象が良くなるといった,人間関係におけるポジティブな効果があるとされています。みなさんも,自分が困っているときに誰かから手を差し伸べてもらうと,嬉しいなという気持ちを感じたり,誰かが他の誰かを手助けしている状況を見た時に手助けしている人のことを良い人だなと思ったりした経験があるのではないでしょうか。
相手のためを思いやった行動は誰にでも平等に行われるのか
本記事では割愛しますが,人間関係におけるポジティブな効果を筆頭に,向社会的行動を行うことでたくさんの良いことがあると言われています。しかし,誰に対しても平等に向社会的行動を行うことは簡単ではありません。その相手が誰であるかによって,向社会的行動の行われやすさは異なるといわれています。これまでの研究で,人は普段からよく交流している相手であるほど,あるいはその人のことを大切だなと思っている相手であるほど,向社会的行動を行いやすいことが確認されています。たとえば,よく遊ぶ友だちと初対面の他人とを比較すると,友だちには向社会的行動がより行われやすく,初対面の他人には向社会的行動がより行われにくいといえます。
なぜ相手によって向社会的行動の行われやすさが違うのか
相手によって向社会的行動の行われやすさが異なる原因にはさまざまなものがあると考えられますが,筆者たちは心理学の視点から「向社会的行動の動機づけ」に注目しました。動機づけとはわかりやすくいえば「行動の理由」と捉えられます。つまり,相手によって向社会的行動の行われやすさが異なるのは,「相手によって向社会的行動を行う理由が異なるからではないか」と考えたわけです。
そこで,約2,000人の小学5年生から中学3年生に協力してもらい,「家族」,「友だち」,「見知らぬ他人」への向社会的行動と動機づけとの関連を実証的に検討しました。その結果,「家族」と「友だち」への向社会的行動は,「向社会的行動の実行は大事なことで価値のあることだから行う」という自律的な動機づけとより強く関連していること,一方で「見知らぬ他人」への向社会的行動は,「向社会的行動をしないと親や先生に怒られるから行う」という統制的な動機づけとより強く関連していることが明らかになりました。
言い換えれば,親や友だちといった普段から親密な関係にある相手に対しては手助けを行うことが自分の価値観として内在化されている傾向にありますが,見知らぬ他人といった親密ではない相手に対しては周りの人たちの目や相手のリアクションを意識することによるやらされ感が少なからず存在しているということだと考えられます。他にもくわしい検討を行いましたので,具体的な結果については論文に目を通してみてください。
筆者たちの考えるこの研究の面白さ
筆者たちの研究は,小学5年生から中学3年生を対象として家族,友だち,見知らぬ他人への向社会的行動を行う理由に注目したものです。それぞれの相手への向社会的行動がどのような理由で行われる傾向にあるのかがわかれば,どのような働きかけによってそれぞれの相手への向社会的行動が行われやすくなるのか考える材料になると期待しています。
この研究で,自律的に向社会的行動を行う傾向にあることが明らかとなった親や友だちへの向社会的行動について,「親や友だちへの向社会的行動をしなさい」と統制的に働きかけることは,あまり効果的ではないでしょう。一方で,統制的に向社会的行動を行う傾向が示された見知らぬ他人への向社会的行動は,「見知らぬ他人であっても向社会的行動をしなさい」と統制的に働きかけることが,向社会的行動を行うことについて一定の効果をもちうるといえます。
また,筆者たちの研究で対象とした小学5年生から中学3年生は,思春期にあたり,親や友だちとの人間関係がそれまでのものから変化する時期にあります。そのため,発達的な観点からも,筆者たちの研究結果が今後の研究に貢献するものとなれば嬉しい限りです。
論文
山本琢俟・上淵寿 (2021).「向社会的行動の対象による向社会的動機づけの差異――青年期初期の子どもを対象に」『パーソナリティ研究』30(2), 86-96.