他人の不幸を喜びやすい人とそうではない人―特性シャーデンフロイデの測定を通じて
『パーソナリティ研究』内容紹介
Posted by Chitose Press | On 2021年09月07日 | In サイナビ!, パーソナリティ研究他人の不幸を第三者目線から喜んでしまう感情であるシャーデンフロイデには,ポジティブに働きうるものと邪悪な結末を呼び寄せてしまうものがあるといわれています。2種のシャーデンフロイデが,どのような心理や行為傾向と関係があるのかが検討されました。(編集部)
加藤伸弥(かとう・しんや):武蔵野大学大学院人間社会研究科。→ウェブサイト
他人の不幸な知らせに思わずスッキリする気持ち―シャーデンフロイデ
私たちは,他人が苦しむ様子を見た際にさまざまな気持ちを経験します。もちろん,苦しむ他者と同様の気持ちを感じ,救いの手を差し伸べたいという意欲に駆り立てられる場合もあるでしょう。一方で,「ざまを見ろ」と言わんばかりにその不幸をほくそ笑んでしまうことも少なからずあります。前者を「人間の光」と呼ぶのでしたら,後者は「人間の闇」とでも呼べばよいのでしょうか。
今回の研究では,後者に焦点を当てていきました。つまり,他人の不幸を第三者目線から喜んでしまう感情です。こうした感情は『シャーデンフロイデ』と呼ばれており,近年,心理学や認知神経科学の分野で注目を浴びています。
これまでの研究からは,妬ましい人の不幸,規則や規範を犯した人の不幸,自分と敵対する集団に所属する人に降りかかった不幸に対して,シャーデンフロイデが経験されやすくなるということが明らかにされています。もとよりシャーデンフロイデは感情ですから,こうした状況にさらされれば,どんな人であれ少なからず経験するものです。しかし,シャーデンフロイデが人間にとって自然な感情だったとしても,その表出の頻度や程度に関しては個人差があるかもしれません。つまり,シャーデンフロイデを感じやすい人と感じにくい人がいる可能性が考えられるということです。
性格傾向としてのシャーデンフロイデの感じやすさ
もしシャーデンフロイデを感じやすい人がいるのだとしたら,そうではない人と比べてどのように行動が違ってくるのでしょうか。著者の関心事は,性格傾向としてのシャーデンフロイデの個人差がもたらす行動の差異についてです。しかし,現在まででは,性格傾向としてのシャーデンフロイデを測定する材料は開発されておらず,「シャーデンフロイデがどこへ向かっていくのか?」という疑問に,一度の研究で答えを出すことはできない状況でした。そこで今回の研究では,性格傾向としてのシャーデンフロイデをどのように測定していくかという点に関してまとめていくことにしました。
色合いが異なる2種類のシャーデンフロイデ
諸外国の研究を参照しながら測定材料の開発を試みようと考えた著者は,ある興味深い知見に出会いました。フロリダ大学などの研究によると,人の不幸を喜ぶということには微妙な性質の違いがあるというのです。具体的には,コミュニケーション場面でポジティブに働きうるシャーデンフロイデと,邪悪な結末を呼び寄せてしまうシャーデンフロイデという違いです。ここでは,前者を良性シャーデンフロイデ,後者を悪性シャーデンフロイデと呼ぶことにします。私たちは,日常生活において,会話を盛り上げることを狙って,何気ない失敗談を披露することがよくあります。つまり,意図的に相手のシャーデンフロイデを引き出し,それを利用することによって良好な人間関係を形成したり,維持したりしているということです。このように,シャーデンフロイデという感情を,コミュニケーションの場面でプラスに作用させることができるのならば,それを良性シャーデンフロイデと呼ぶことにも違和感がないでしょう。他方で,意図するか否かは別として,不幸を喜ばれた人が,その喜びに因っていっそう苦しめられるようなことが少しでもある場合には,悪性シャーデンフロイデというラベルを貼った方がしっくりきます。
今回の研究では,これら2種のシャーデンフロイデが,その他のどのような心理や行為傾向と関係があるのかを知ることを目的として,日本人の大学生367名に調査を行いました。得られたデータを分析すると,他者志向的反応を示す人(苦境な他者を見たとき,共感を示す人)は悪性シャーデンフロイデを感じにくいということや,サイコパシー傾向(共感性に欠き,他者を冷酷に扱うパーソナリティ)と悪性シャーデンフロイデとの関連性が高いことがわかりました。他方の良性シャーデンフロイデは,これらのいずれとも関連が見出されませんでした。他者志向的反応は共感性,サイコパシー傾向は非共感性と言い換えることができるので,やはり,良性シャーデンフロイデと比べて悪性シャーデンフロイデは悪質性が色濃く反映されているものであるといえそうです。
この研究の面白みと今後の展開
近年,インターネット上での荒らし行動が問題視されています。バッシングの渦中にある(不幸な)他者に対する誹謗中傷があれだけ拡大するのは,叩かれている人物を見て面白いと感じる人間の闇が伝染しているためであるように見えます。誹謗中傷に心を痛め,有名人が自殺に追い込まれる事案の背景に,膨張したシャーデンフロイデが存在しているのだとしたら,「シャーデンフロイデは人を死に追いやる凶器」といっても過言ではないでしょう。こうした時代に生きている私たちは,ちょっとしたお遊び(良性)が取り返しのつかない悲劇(悪性)を生んでしまう可能性があるということをあらためて認識する必要があるのかもしれません。
今後の研究では,どんなときに,どんな種類のシャーデンフロイデが,どのような行動に結びつくのかといった詳細な心の仕組みや働きを追求していきたいと思っています。シャーデンフロイデは感情ですから,心から完全に取り除くことは難しいでしょう。私たちは,シャーデンフロイデと共生していく必要があるのです。悪意を味方につけるための知恵を探る方法として,心理学は非常に有用であると信じています。私たちがシャーデンフロイデに支配されるのではなく,シャーデンフロイデを私たちが支配する。そんな未来を築くための地図がどこかに隠されているはずです。悪意を探求するという営みは「幸せをカタチにする」ための通り道に違いありません。そう思うと,瞬く間に胸が高鳴ってくるのです。
論文
加藤伸弥・藤森和美 (2021).「日本語版Trait Schadenfreude Scale(J-TSS)作成の試みと信頼性妥当性の検討」『パーソナリティ研究』30(2), 70-79.