他者を手助けする理由とは(中学生を対象に)

『パーソナリティ研究』内容紹介

他者を手助けしたり,誰かのことを思いやる行動である向社会的行動は,さまざまな動機から行わます。そうした動機によって,向社会的行動を行うことによる本人の幸福感に違いがあるのでしょうか。中学生に対する調査から検討がなされました。(編集部)

山本琢俟(やまもと・たくま):早稲田大学大学院教育学研究科博士後期課程。→ウェブサイト

相手のためになると思って行う行動:向社会的行動

他者を手助けしたり,誰かのことを思いやって行う行動のことを心理学では向社会的行動と言います。たとえば,家族のためにお風呂そうじを手伝う,筆記用具を忘れたクラスメイトのために自分のものを貸す,座れなくて困っている人のために席をゆずるといった行動のことです。これらの行動は,一般的に良い行動であると評価されるもので,いくら相手のことを思いやっていると自分では考えていても,社会的に望ましくない行動(法に抵触する行動など)は含まれません。これまでの研究によって,向社会的行動はその相手および周りの人にポジティブな印象を与えることや,向社会的行動を行った本人の幸福感を高めることに効果をもたらすことが示されています。みなさんも誰かを手助けして「ありがとう」と感謝されたり,そのときになんだか心がほわほわした気持ちになった経験があると思います。と同時に,これまでの研究を整理すると,このような向社会的行動のポジティブな効果は,向社会的行動の動機づけによって支えられていることが考えられます。別の言い方をすると,「向社会的行動を行ったかどうか」ということ以上に,「どういう理由で向社会的行動を行ったか」ということの方が,向社会的行動によるポジティブな効果と関連しているのではないかと筆者たちは考えました。このような考えは,なにも筆者たちがはじめて考えたわけではなく,研究する視点の1つとして昔から存在している流れを踏襲したものです。

中学生における向社会的行動の理由:向社会的動機づけ

興味の対象としては,未就学児から大学生や社会人に至るまでのさまざまな人がどんな向社会的行動の動機づけ(理由)をもっていて,それぞれどんな違いや共通点があるのか知りたいと思っています。しかし,一度の研究で知りたいことのすべてを知ることはできないため,今回の研究では中学生の考える向社会的行動の動機づけをまとめていくこととしました。中学生は思春期のはじめの時期であり,それまで主に親や教師から言われるまま行っていた行動の意味や価値について考えるようになっています。自分の考えやアイデンティティを形成し始める時期の中学生を対象に研究をすることで,人の心の発達の理解にも貢献できるのではないかと期待しました。

1,000人以上の中学生にアンケート調査をした結果,日本の中学生が考える向社会的行動の理由として,「向社会的行動の実行は大事なことで価値のあることだから行う」という自律的な動機づけと,「向社会的行動をしないと親や先生に怒られるから行う」というやらされ感をもった統制的な動機づけという2つの異なる動機づけの存在を捉えることができました。また,向社会的行動の自律的な動機づけをもっていることは個人の幸福感の高さと関連しており,向社会的行動の統制的な動機づけをもっていることは幸福感とほとんど関連していないことも確認できました。

筆者たちの考えるこの研究の面白さと今後の展開

この研究の面白いなと思う点の1つを説明します。これまでの研究において,向社会的行動には性別差が確認されており,男子よりも女子の方が高い頻度で他者への手助けを行いやすいと言われています。この理由について,本研究の結果から,向社会的行動の動機づけが原因の1つなのではないかと考えられます。というのも,本研究において向社会的行動の自律的な動機づけは女子の方が高く,統制的な動機づけは男子の方が高く報告されている傾向にありました。この結果は,女子は向社会的行動の価値をより高く認知しており,男子は向社会的行動の実行についてやらされ感をより高くもっていることを表していると言えます。向社会的行動の違いをその動機づけの違いから説明できるかもしれない点にワクワクしています。

今後の展開の1つとして,親や教師が子どもに対し向社会的行動に関する指導を行う場面で,この研究を踏み台にしてもらえたらと思っています。最近では学校教育における世界的な傾向として,勉強することと同程度に仲間と協働して何かに取り組むことやそのための関係性づくりをすることが重視されてきています。そんな中で,ただ向社会的行動を行わせることだけに注力するのではなく,向社会的行動を価値あるものと認識して行動してもらえるような指導について検討する際に,向社会的行動の動機づけがその指標として活用できるのではないかと思います。他者を手助けする行動の機会は学校生活において多くあるでしょうし,学齢期の子どもはそのことについて指導を受ける機会も多いと思います。この研究が,向社会的行動を行っているかどうかだけではなく,どんな動機づけによって向社会的行動を行っているのかについて考えるキッカケとなれば幸いです。

論文

山本琢俟・上淵寿 (2021).「中学生用向社会的動機づけ尺度の作成とその信頼性および妥当性の検討」『パーソナリティ研究』30(1), 12-22.