グリット(やり抜く力)が高い人は燃え尽きない?

『パーソナリティ研究』内容紹介

いま,グリット(やりぬく力)が注目されています。グリットの高い人は社会的地位が高いのでしょうか。グリットはバーンアウト傾向とどのように関係するのでしょうか。対人援助の専門家に対するWeb調査の紹介です(編集部)

井川純一(いがわ・じゅんいち):大分大学経済学部経営システム学科。→webサイト

グリットとは

アメリカにおける大規模な社会調査(ペリー就学前プロジェクト)では,知能指数(IQ)などで示される認知的能力よりも,誠実性,自己制御などの非認知的能力がその後の成功に大きな影響を与えることが示唆されています。この非認知的スキルの中でも,近年着目されているのが,グリット(やりぬく力)です。グリット研究を牽引するダックワースらの研究グループは,グリットを目標に対する情熱や努力を示す「根気」と長期的な興味を示す「一貫性」の2つの因子に分類して多くの研究を行い,グリットがその後の学業成績や仕事の継続性,パフォーマンスの高さなどを予測することを示しています。一方,このグリットは比較的最近注目されてきた概念なので,まだ日本では十分な研究の蓄積がなされていません。そこでこの研究では,日本の対人援助職を対象としたWeb調査を行うことにしました。

グリットが高い人は社会的地位も高いか?

グリットの高い人は目標に向かって自己をコントロールし,努力と関心を維持することができます。このような人は必然的に社会的地位が高いポジションに就きやすそうですよね? そこでこの研究では,医師,看護師,介護福祉士の3職種に着目して管理職と非管理職に分けてグリットの比較をしてみました。まず,管理職と非管理職を比較すると,グリットのうち「一貫性」は管理職が高く,「根気」は管理職と非管理職の間で差がないことが明らかとなりました。このように見てみると,管理職には,情熱や努力よりも1つのことを継続しようとする姿勢が求められているとのかもしれません。では,職種ごとにグリットに差はあったのでしょうか? 職業に付与される社会的地位を測定する指標として職業威信スコア(SSM調査)が公表されています。そして,医師の職業威信スコアは他の職業と比較すると突出して高い。つまり社会的地位という意味では,3つの職種の中では医師が最も高いと予想できます。しかし,本研究では,職種ごとのグリットスコアには差が認められませんでした。この理由として対人援助専門職の特徴が考えられます。医師だけに限らず,看護師や介護福祉士など対人援助の専門家は,国家資格取得のため一定した教育課程をもつため,自らが主体的に選択し,努力を継続しない限りそれぞれの資格を取得することができません。つまり,これらの職種に就いている人はみんなグリットがある程度高いのかもしれません。

グリットが高いとバーンアウトしない?

北米の研究ではグリットが精神的健康や幸福感にポジティブな影響をもつことが報告されています(たとえば,グリットの高い人は,仕事に対してポジティブな感情をもちやすく,自殺意図も少ない)。また,6カ月のスパンで,グリットが心理的幸福感やバーンアウト傾向に与える影響について検討した先行研究では,グリットが心理的幸福感を高め,バーンアウト傾向を低下させることが示されています。

では,グリットの高い人は本当にバーンアウトしないのでしょうか? 辞書(『大辞林』)を引いてみると,バーンアウトは「がんばりすぎて心身が消耗しつくすこと」と記載されています。となると,離職やドロップアウトをしないというグリットの特徴は「がんばりすぎ」であるバーンアウトの症状をさらに増悪させるリスク要因ともなるのではないでしょうか?

そこでこの研究では,グリットがバーンアウト傾向に与える影響について,その重症度に着目して検討することにしました。バーンアウト症状が低い間は,グリットはバーンアウト傾向を抑制するが,症状が重くなると逆にバーンアウト傾向を悪化させると予測したのです。結果は予測とは異なり,バーンアウト症状の重症度にかかわらず,グリットはバーンアウト症状を悪化させることはありませんでした。この結果はグリットが症状の重症度にかかわらずバーンアウト傾向を予防する可能性を示しています。

本研究の今後

今回の調査に参加していただいたのは,対人援助の専門家であったため,社会的地位とグリットの関係については,もう少し参加者の幅を広げた調査を行う必要があります。また,グリットとバーンアウトの因果関係については一度の横断的な調査ではなかなかはっきりしたことは言えません。もともと深刻なバーンアウト状態にある人はそもそも調査に参加しにくいからです。今後ある程度のスパンを置いた縦断的な調査やインタビュー調査を準備しているところです。バーンアウトしない程度にグリットを保ってこれからも研究を続けて行く予定です。

論文

井川純一・中西大輔 (2019).「対人援助職のグリット(Grit)とバーンアウト傾向及び社会的地位の関係――高グリット者はバーンアウトしにくいか?」『パーソナリティ研究』27.