心理学が挑む偏見・差別問題(3)
社会問題への実証的アプローチ
Posted by Chitose Press | On 2018年10月05日 | In サイナビ!, 連載インターネット上のヘイト表現
高:
自分のそれまでの生活で得た感覚では,在日に関する偏見はあって,ある意味ではそれが当然だという認識が持たれていたのと同時に,いい大人が人前で表出するのはみっともないことだと認識されているように思っていたので,最初は潜在的な偏見に関心がありました。しかし,インターネットを見ていると多くの差別的な発言が見つかりました。
北村:
最初の頃に高さんと話をしていたときに,「こういう発言をする人がネットで多くないですか」と聞かれて,自分の周りにはそんな人がいなかったので,「そうでもないような気がするけれど」と返事をしたことがありました。高さんが見ていたネットの世界や,大学生の中にもそういう人が増えていたわけですよね。
高:
大学院生はパソコンを使っている時間が長いので,匿名掲示板などに毒されて,日常生活でそうしたことを言い出す人が周りにもいました。
北村:
免疫がないから信じちゃうわけですね。大学院生や大学生は,比較的リベラルな層だと思っていたので,東京大学の学生にそういう人がたくさんいると言われて驚いていたのですが,私もTwitterなどで時代がどんどんと変わっていくのを感じました。ネットの研究では,炎上する場合も1000人のうちほとんどの人がリツイートで,書いているのは10人くらい,という研究もありますし,お金をもらって仕事として書いている人もいて,実際にみんながそう思っているかわからない,ということもあるわけですが。少なくともそうしたネット上の言説がこれまでは削除もされずにいました。Yahoo!ニュースのコメント欄もひどかった。なぜ日本のネットニュースはこれを放置するのだろうという状態が続いていましたが,今年に入って少し変わってきたようにも思います。
唐沢:
楽観的すぎると叱られるかもしれませんが,そうした言説が,全体にとってのよい免疫になってくれればいいのかもしれない。今年に入ってからは,変わってきているんですね。
北村:
嫌韓的な内容を発言していたチャンネルが削除されたり,Yahoo!ニュースのコメント欄も削除されたりしています。
高:
じつはこれまでは当事者が通報しても対応してくれなくて,助けを求めたのに何もしてくれなかったということで精神的にダメージを受けて諦めていた人たちが多くいました。ところがある掲示板で,ネット上で「炎上」や「祭り」に参加して楽しんできたような人たちがいて,面白半分にネット右翼をいじろうということになって,その人たちが一斉にそうした内容のチャンネルなどを通報することでプラットフォーム側も対応してくれたようです。YouTubeやYahoo!ニュースのコメントなどの差別投稿を運営に通報して削除させたり,差別的なまとめサイトの広告配信会社などに通報して広告を無効化させたりしています。
唐沢:
自発的に始まった無効力化だね。
高:
その掲示板の人たちは必ずしも善意の人たちではないのですが。ただ,当事者が相手にすると苦しくなるようなネット右翼の異常な情熱を無力化できるのは遊び半分だからでしょうね。
北村:
日本社会における規範が変わったから対応してくれたというわけではなくて,草の根的な遊びによる対応なのですね。
高:
でも,ネット右翼を遊びの対象にできるようになった背景には,被差別当事者が裁判に訴えて勝訴してきたことだとか,当事者の根強い運動もあってヘイトスピーチ解消法が制定されたことといった背景があります。例えば何の正当性もないようないじめの場合でさえ,本人たちとしては正当っぽく思える理由をつけるじゃないですか。攻撃相手が誰であれ,攻撃するには「正当」な理由が必要ですから。ネット右翼の場合には,法律に反することをしているのだから,あるいは各サービスの規約に明確に反することをしているのだから,遊びの道具にしやすかったということはあると思います。そうした前提が整うには,根強く戦ってきた人の貢献があったのだと思います。
唐沢:
世の中は善意だけで正しい方にいくとは限らないですから。
高:
それはそうですね。
唐沢:
結果オーライで進むこともあるから。
高:
善意だけでYouTubeの差別的なチャンネルをチェックして通報するのは,気持ちがもたないかもしれません。
唐沢:
善意が行き渡れば正義が実現するのももちろんいいのですが,それだけでないといけないということもないしね。
大江:
その掲示板の人たちが通報する件数はどのくらいなのでしょうか。逆にいうと,YouTubeがチャンネルを削除するための通報件数がどのくらいか,ということですが。
高:
それはわからないですね。でもすごく多いわけでもないのだと思います。
大江:
遊び半分の人たちでなくてもまじめな人たちが,Twitterなどで「こんなチャンネルがあるから削除したい,みんな助けて」と言えば,それに同意した人たちがYouTubeなどに通報して削除依頼することもできるのかなと。
高:
先ほどの人たちは,ある掲示板の中に規約違反の動画を貼るスレッドをつくって,そこに誰かが動画や情報を貼ると,チェックして通報するということをしているようです。
大江:
善意でもできる?
高:
善意でもできます。ただ,Twitterの場合は,悪質な差別の場合でもなかなか対応してくれないようです。「死ね」とか「殺す」という言葉が含まれていると,脅迫だとして削除することはあるようですが,一般的な差別的な投稿だとなかなか対応してくれない。
大江:
Twitterの投稿をということではなくて,Twitterで仲間に呼びかけたら,YouTubeのチャンネルを削除依頼することは可能ですか。
高:
YouTubeの規約に反していればできますね。「こういう動画はこうして通報するとよい」といったノウハウは,掲示板で共有されています。
北村:
Twitterは日本法人の社長の考え方もあるようだね。
高:
そうみたいですね。「偏見や差別もこの世の中の一部なのだから,それはそれとして伝える必要がある」と言っているようです。YouTubeについては,もともとの動きは「善意」から始まったものではなかったにせよ,動画やチャンネルを消すことができることがわかったので,これまでは諦めていたマイノリティ当事者も通報して消そうとしているようです。
大江:
そういう動きはすでにあるのですね。