心理学が挑む偏見・差別問題(2)
社会問題への実証的アプローチ
Posted by Chitose Press | On 2018年09月20日 | In サイナビ!, 連載高:
『偏見や差別はなぜ起こる?』で私が書いた章で触れていますが,「カラーブラインド方略」(2)のように,実際に存在する集団差を存在しないかのように扱っていても,結局,世の中にある以上はどこかで触れてしまう。態度研究の理論からすると,事前に触れたことがなくて免疫がない人ほど,ころっとそういう考えに陥ってしまうので,隠すのではなくプロが関与したうえできちんと物事を描いて見せるのがよいのだと思います。
大江:
カラーブラインドにも批判があり,それぞれの集団の特徴や違いを尊重して受け入れるべきだとする多文化主義(マルチカルチュラリズム)も必ずしも効果があるわけではないとされています。じゃあどうするのかということはありますが,結局,知識をまずは身につけてどう対処するかという方向にいかないとだめだということでしょうね。
高:
それは心理学者のような客観的に物事を扱うことができるプロができることだと思います。
大江:
それがうまくできていないわけですね。
唐沢:
それはある種のイデオロギー問題だと思うね。そういうことに一切触れずに済むのであればその方が幸福なんだというものの考え方だと思いますが,それがある層にアピールするわけでしょう。まさに「無菌状態」で過ごすことができればそれに越したことはないと本気で信じられる。一方で,「そんなこといっても世の中には偏見だらけだから必ず触れるでしょう」という世界観も極端ですね。
北村:
学校の教育も無菌状態を目指すような方向性がありますよね。教員がこういう問題を取り上げられるかというと難しい。そもそも教員自体がダイバーシティは少ないですから,もっと障害をもった教員がいてもいいのだけれど,自分が学校でいい思いをして,いい思い出があって優等生でほめられて学校が大好きな人ばかりが教員になっている面もある。学校が嫌いで不適応な子どもに共感ができない教員が多いかもしれないという教員養成上の問題もあります。教師に対して反抗的だった子どもが教師になれる社会だといいと思うのですが。
唐沢:
現実には,それはドラマの中だけになっていますね。
北村:
調査をしてデータをとると現状が見えてきます。理論的に構想して介入研究をするといまはないものを作る見込みはあるわけですが,実証的にデータをとった分析が先立つところがある。理論的に想定した目標と現在とのギャップとが見つかれば,どこでそれが阻害されているのかが見えてきますし,その中に社会心理学的な要因も見つかるかもしれない。障害者に対するものの見方や優生思想的な考え方など,達成を妨げているものを切り出すためには,「あるべき姿」を打ち出して,現状との差分について理論的に注目することも重要ではないかと思います。そうすることでなすべき研究も見えてくる。オルタナティブなありうる社会を理論的に構想する努力も必要ではないかと,自分の執筆した章に関連して思いました。
大江:
現状のイメージが昔のイメージからどの程度変化したかは,ある時期に行われた研究,例えば1930年代に行われたカッツたちの研究(3)などがあるからこそわかる面があります。現状がどうなっているのかをフォローしていくのは,私たちの役割の1つかなとも思います。
唐沢:
研究の方向自体が,この数十年で偏見やステレオタイプの内容がどのような構造をしているか,現状はどうなっているかを明らかにすることへと変化してきているように思います。それ以前は,いまの世の中がどうなっているかということよりは,実験に載る題材を探していたようなところもありました。きれいな実験やきれいな研究をしたかった人が多いような印象があります。
高:
心理学者の感覚からすると実験できれいに示す方が美しいし楽しいでしょうから。
唐沢:
しかもそれができたからね。内容を調べていくことで,目から鱗の大発見があったというよりは,以前からわかっていたことが緻密に明らかにされていくような,地道でまじめな研究が,進んできているように思います。
文献・注
(1) 高史明 (2016).『レイシズムを解剖する――在日コリアンへの偏見とインターネット』勁草書房
(2) カラーブラインド方略とは,人種・民族というカテゴリーが存在しないかのように扱うことで偏見や差別を解消しようとする方略である。ただし,その効果には疑問符が付けられている。『偏見や差別はなぜ起こる?』p.110参照。
(3) Katz, D., & Braly, K. (1933). Racial stereotypes of one hundred college students. Journal of Abnormal and Social Psychology, 28, 280-290.
私たちはなぜ偏見をもち,差別をしてしまうのか? 私たちの社会はどのような偏見や差別に関する課題を抱えているのか? 偏見や差別の問題に,心理学はどのように迫り,解決への道筋を示すことができるのか。第一線の研究者が解説した決定版。