Sense of Coherenceには他者を見下す要素も含まれているのか?

『パーソナリティ研究』内容紹介

センス・オブ・コヒーレンス(SOC)の高い人は,他人を見下す傾向があるのでしょうか? ないのでしょうか? SOCと有能観に着目した研究です。(編集部)

磯和壮太朗(いそわ・そうたろう):大阪大学大学院人間科学研究科教育コミュニケーション学研究室。

Sense of Coherence(SOC)は,ストレス対処・健康保持能力とされており,高いSOCをもつ者は精神的に健康であり,幸福感が高いことが明らかにされてきています。そのため,「教育によってSOCを高める」ということは,人々の精神的健康を高く保ち,幸福感を増進するうえでは重要であると考えられます。しかしながら,教育によってSOCを高めることを考えるとき,そこにリスクはないのでしょうか? この点について,本論文では,SOCが高い人は「他者を見下すことによって仮想的に得られる有能感」(仮想的有能感)をも有している可能性について,偏相関分析を用いて検討しました。

SOCって何?

SOCとは,「把握可能感」「処理可能感」「有意味感」の3つの要素から成り立つ,その人に深く根づいた人生に対する見方を意味します。日本語では「首尾一貫感覚」と訳されることもあります。SOCについて,筆者の言葉でもう少し噛み砕いて説明すると,「自分が生きている世界は予測と説明(把握)が可能であること,自分に起こってくる事柄には,自力に頼るだけではなく他者の力を借りるなどしつつなんとか対処(処理)していけること,また,そうして自分に起こってくる事柄には,取り組むだけの価値があり,自分にとって意味がある(有意味)ことを,常に意識するわけではないものの確信をもって感じていること」となります。このSOCが高い人は,精神的に健康であり,幸福感も高いことがわかってきています。つまり,人々が精神的に健康に,幸福に生きていくうえでは,高いSOCを有していることが重要である可能性があるのです。

教育によってSOCを高めよう! でもそこにリスクはないの?

筆者は,SOCを促進するための視点を教育の場に取り入れることにより,教育を通じてSOCを高めることが重要であると考えています。特に,日本の学校教育には,SOCを高めることができる機会がたくさんあると考えています。学校教育の中にあるSOCを高めることができるような機会を通じて,人々のSOCを高めることによって,その人の将来を含めた精神的健康と幸福感を高めていくことができるのではないか,教育によってその素地を作ることができるのではないかと考えています。しかしながら,SOCを高めることによるリスクはないのでしょうか? 「教育によってSOCを高める」ことを考えた場合,SOCを高めることによってもたらされる可能性のあるリスクを把握しておくことは,とても重要になります。そのリスクとなりうるものの1つとして,本研究では「仮想的有能感」を取り上げました。

「仮想的有能感」とは,「他者を見下すことによって仮想的に得られる有能感」のことで,有能感の負の側面を表しています。一方で,有能感には正の側面もあります。「自信を獲得できるような成功体験を通して得られる本質的な有能感」である「自尊心」です。本研究では,SOCがこれら有能感の2つの側面と,どのように関わり合っているのかを,統計的手法を用いて検討しました。

SOCを高めることは,他者を見下すことを減らす可能性がある!

本研究の結果から,SOCと「自尊心」との間には正の関係があり,SOCと「仮想的有能感」の間には負の関係があることがわかりました。つまり,SOCが高い人は自身の体験に根ざした本質的な有能感を有しており,他者を見下すことによって得られる仮想的な有能感は有していない可能性が示唆されました。逆に,SOCが低い人は,本質的な有能感を有しておらず,他者を見下すことによって仮想的に有能感を得ている可能性が示唆されました。このことから,少なくともSOCに含まれる有能感の点からは,SOCを高めるように働きかけることは教育的なリスクを有していないと考えられます。それどころか,あくまでも可能性ではありますが,SOCを高めるように働きかけていくことによって,他者を見下すことで有能感を得るような性質が徐々に減少していく可能性があります。つまり,今回検討した有能感の観点からは,SOCを高めることは教育上推奨されることであると考えられます。

SOCの視点を教育場面に取り入れることを考える場合,検討すべきことは数限りなくあります。今回のような,SOCを高めることが有するリスクの検討や,SOCを高めることが本当に精神的健康や幸福感につながるのか(SOCに似た別の何かが精神的健康や幸福感を高めているのではないか)という点の検討,そもそも,どうすればSOCを高めることができるのかについての検討などです。今後,上記のような検討課題に1つひとつトライして行きたいと考えています。

論文

磯和壮太朗・三宮真智子 (2018).「Sense of Coherenceは仮想的有能感を含有するのか」『パーソナリティ研究』27.