ブライアン,ビックリさせないでよ!

『母のがん』刊行に寄せて

高齢化の進む日本において,死亡原因一位のがん(悪性腫瘍)。がんが見つかったときに,家族は何を思うのか。またそれはどのように表現されうるものなのか。がん家族の様子を描いたグラフィック・ノベル『母のがん』刊行に寄せて,世界的なグラフィック・メディスンの潮流について,小森康永医師にご寄稿いただきました。

小森康永(こもり・やすなが):愛知県がんセンター中央病院精神腫瘍科部部長。著作に,『緩和ケアと時間』(金剛出版,2010 年),『ディグニティセラピーのすすめ――大切な人に手紙を書こう』(金剛出版,2011 年,共著),『はじめよう! がんの家族教室』(日本評論社,2015 年,編著)など。

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「この女性の首から出てるのは中心静脈栄養のカテーテルなのかな? それが,グラフィック・ノベルの表紙? 何なんだろう?!」「フィースって,天才! ヘルスケアチームへのなんと洞察に満ちた批判! 患者であることをみごとに表現している! 他にもこんなのあるんだろうか?」(1)

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このコマは,Taking turns: Stories from HIV/AIDS care unit 371(2)の作者,M. K. Czerwiecが院生時代にテーマを医学マンガにするきっかけとなった瞬間を描いている。そして,これとまったく同じ思いを,私もした。『母のがん』(Mom’s cancer)を,2016年10月21日,がんの家族教室の副教材として購入した。心理教育には,魅力的なテキストが欠かせない。みごとにあたった。著者のブライアン・フィースは自分のために,母親のがん治療サポートをネット上に描いていたにすぎないのに,講義に使いたいと全米の医学部教員から要望が殺到し,書籍化が実現した。十分頷ける話だ。出版して10年も経っていたのに,『精神療法』に書評を書かせてもらった。著者にメールすると,書評用のPDFも送られてきた。

母親はステージⅣ(3)の肺がんで,長男である40代のマンガ家が,ナースである上の妹と,交通事故で高次脳機能障害の残る下の妹の3人で協力して治療を援助する。父親は医師だが,カウンターカルチャーにのめりこんで離婚しており,次女だけが彼の実の子である。

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この本がいいのは,34ものテーマがそれぞれ2ページないし4ページで提示されていて,1つひとつのポイントがとてもコンパクトに表現されているところだ。たとえば,家族や患者さんにまず読んでほしいのは,画像診断の場面(53~54ページ)。治療の有効性は,MRIなどの画像に映る腫瘍の大きさ(と腫瘍マーカー)によって評価されるが,もしもあなたが医師だったら,腫瘍の半径が5ミリから4ミリにしかなっていないと落胆する家族を前に,何を語るだろう? 母親の主治医は,腫瘍が立体であり,それだけの変化でも体積は約半分になっていると説明する。根拠はもちろん,(4×4×4)÷(5×5×5)=64÷125=約0.5。この一言で,患者や家族がいかに希望を与えられるか。残念ながら,私はそんな説明をしたこともないし,聞いたこともない。でも,これからは違う。外来化学療法場面など,一般の人には想像もできない光景が,薬品名から点滴速度まで細かく記されて描かれているのもいい。

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もちろん,患者の心理的変化とそれに対する家族の反応もしっかり描かれている。たとえば,長男は,いくら説明しても母親がステージⅣの意味を理解できないのはなぜだろうと思い悩む。脳メタのせいか,ショックによるものなのか,はたまた狂言かとさえ戸惑う(9~11ページ)。

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あるいは,初期治療が終った後のむなしさの中,抑うつ的になっていく母親を長男はじっと観察する。そして,考えることしかできないのなら,うつ病になるのももっともなことかとため息をつく(47ページ=表紙)。

さらには,離婚した夫である父親にこの状況を語るべきか否かの家族会議(62~65ページ)も描かれている。長女が守秘義務を理由にきょうだいに口止めを迫るが,長男は,「母さんはどうなっているんだ? 電話にも出ないじゃないか!」とこれまた電話で尋ねてきた父親に(秘密を条件に)真実をもらす。ところが翌日,母親は長男に電話で,昨日父親に電話してみずから現況を話したと語る。「大人になる時だと思ったの」と。

以上で,バイオサイコソーシャルな次元はすべて盛り込まれているが,スピリチュアルな場面さえ描かれている。ある日,長男は,母親と身のまわりの物を整理していて,ぼろい革細工の鞄を見つけて笑う。しかし,それは母親の祖父が(母親と祖父が結核で別個の隔離病棟に長期入院していた間に)作ってくれたとても貴重な思い出の品だと明かされる(50~52ページ)。これなど,まさに,余命半年の患者が最も大切にしていた思い出を語り残すディグニティセラピーである。

その他にも,喫煙の自己責任についての母親本人の語り(26ページ)はがん患者に典型的な「なぜ私が?」という思いを描いてリアルだし,息子が喫煙者を観て,母のようになるリスクから無知な人々を呪う下り(55~56ページ)もそうだ。一方,医師が「いつでも連絡してください」と言いながら,いざ患者や家族が診察を希望すると,どれも該当事項ではないと却下する場面(39~40ページ)など,身に覚えのない医師が少ないことを祈るばかりだ。

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2017年5月20日,私の勤務先の「がんの家族教室」で第1回の講義をしていたときのことだ。

内容は,がんサバイバーについてであり,今年はこの『母のがん』も盛り込んだ。講義半ばで60代の男性が,すっと席についたかと思うと,じつに熱心に私の話を聴き始めた。気になったので,講義後,その方に声をかけると,彼は,こう言った。「別居中の嫁がね,がんになったんだよ。それで見舞いに来たら,こんなエスカレーターの裏で講義をしているじゃない。マンガに惹かれて聴き出したら,先生,オレのことを話してるじゃないか。妻は肺がんのステージⅣ,うちには息子と娘が2人いるが,娘はふたりとも看護師だ。そこがちょっと違う。いやあ,驚いたよ」。奇遇ではあるが,よい本というのは,そういうものだ。読者は,それが自分のために書かれたか,自分のことが書いてあると錯覚することで,唯一無二の本にする。

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高木萌さんから,『母のがん』脱稿間近と聞いたので,そろそろ解説を書こうと思い,2017年6月9日,面白半分で,M. K. CzerwiecらのGraphic medicine manifesto(4)を注文した。マンガで描かれた序章を読んで,驚愕した。

「グラフィック・メディスン」(以下,GM)は,マンガという媒体とヘルスケア言説の間の相互作用を探究するものであり,アート,文学,大衆文化,そして健康の継ぎ目に活路を見出す。GMの中核は,健康と病いについてのストーリーテリングである。共通のテーマは,医学および社会言説においてしばしば周辺化されるかタブー視さえされている,患者の複雑な経験を描き出すことだ。ナラティブ・メディスン(以下,NM)の分派ではあるもののフェミニストや漫画家が生命倫理をキーワードに本格参加していて人権意識も高いので,ナラティヴ・セラピーに最も近いNMのようだ。さらに,このグラフィックなアプローチが,医学に限定されないのも魅力だ。『漫画医学宣言』の6人の著者(うち2名が内科医)が1章ずつ分担しているが,誰1人,NMの邦訳に名前はない新人たちだ。

“Graphic medicine”という用語は,2007年に,著者6人衆の1人,Ian Williamsによって創案された。2010年,早くもロンドンで初のGM世界大会(ここにブライアンもいる!)が開催されている。なんという組織力の迅速さ!(5)

そして,この「グラフィック・メディスン」というムーブメントを大きく後押ししたのが,この『母のがん』だというのだ。実際,これまた6人衆の2人,Michael J. GreenとKimberly R. MyersによるBritish Medical Journal論考(2010年)にも,本作は(Marisa Acocella MarchettoのCancer vixenと並んで)大々的に取り上げられている(6)。彼らによると,グラフィック・パソグラフィー(マンガ闘病記)は,標準的テクストにはできない仕方で感動的かつ即時的理解をもたらす。たとえば,『母のがん』の86~87ぺージでは,会話で語られた言葉と,言葉の裏にある語られない隠れた意味が隣り合わせにされている。母の病状についての息子と父の会話では,隠したい息子の気持ちと自分の意見を取り入れさせたち父の思いが巧みに表現されているのだ。また,コマ割りレトリックによるイメージ操作もお手の物であり,68~69ページに描かれた母の欠伸発作の場面など動画よりすごい。94ページの母の泣き顔,1枚で,患者の不安がどれほど伝えられるかも例示されている(Graphic medicine manifestoは北大路書房より刊行予定)。

なんという展開。

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さて,今回,日本語で本書を読み,見落としていた点が明らかになった。

88~89ページである。キューブラー・ロスを茶化しているのだ。彼女の仮説が真実だとするなら,母は「否認」以外の何者でもない。しかし,それに否を突きつけるなら,ブライアン家族は自由だというマニフェスト。これこそ,ドミナントな言説を外在化するナラティヴ・セラピーと連帯する部分だ。

「いったい,誰がこんなことを決める権利があるのだろうか? これは母さんの人生だ。母さんこそがエキスパートだ」

「母さんには回復して,髪を生やして,スリムになって,ヨーロッパを旅行して,優しくしてくれる特別な紳士を見つけて,これから40年楽しい年月をすごしてほしいと思う……死へのあてつけとして」

「母さんは,療養所のフロアをひっそりと動く,冷たくて暗い影を見たことがある。結核に命を奪われた祖父を見てきたし,自分の母親が苦しい骨がんで崩壊するのも見てきた」「知っているんだ」

「誰もがいつか死ぬ……それでもあがくことを恥ずべきじゃない」

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これで最後。2017年11月11日,翌年の3月に『母のがん』訳書刊行記念のがん教育講義を高木さんにしてもらえることになった。チラシでブライアンの転載許可をもらおうと,その前に,彼の近況をチェックした。なんとブライアンはナパの10月の大火事で完全な被災者となっていた。即,メールした。なんとかやっているとすぐ返信があった。現時点では,『母のがん』をよりよく多くの人に伝えることでしか彼をサポートする手はない。彼は,災害ルポマンガ“On Monday, my house disappeared”を描いた(7)。22ページ。それは,6分40秒のアニメにもなっている。GMMの可能性を信じたい。

文献・注

(1) Czerwiec, M. K.: Meanwhile, in Chicago…

(2) Czerwiec, M. K.: Taking turns: Stories from HIV/AIDS care unit 371, The Pennsylvania State University Press, 2017.

(3) がん診断時の広がりを4期に分けた分類。5年生存率でお目にかかることが多いため,ほとんどの患者・家族はこれを(空間分類ではなく)時間分類と認識する。医療者でさえ「進む」という表現を使ってステージ分類を患者に説明するので,自然と患者は,がん細胞が1つできてから,死ぬまでの時間を4つに分けたものと誤解しやすい。「ステージⅣ」であることを気に病んで自死された方が読者のまわりにはいないだろうか。ステージ分類について話すときは必ず,時間分類ではないことを患者家族に確認されたい。医学を学んだことのない人たちがネットでいくら医学知識を仕入れても,残念ながら,それは「木を見て,森を見ず」的知識でしかないことがままある。

(4) Czerwiec, M. K., Williams, I., Squier, S. M., Green, M. J., Myers, K. R., and Smith, S. T.: Graphic medicine manifesto. The Pennsylvania State University Press, 2015.

(5) Graphic Medisineのサイト

(6) Green, M. J., and Myers, K. R.: Graphic medicine: Use of comics in medical education and patient care. British Medical Journal, 340: c863, 2010.

(7) Brian Fies: On Monday, my house disappeared.

関連書籍

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ブライアン・フィース著
高木萌訳,小森康永解説
ちとせプレス (2018/3/31)

アイズナー賞(ベスト・デジタルコミック),ドイツ若手文学賞,ハーヴェイ賞(最優秀新人賞),ルル・ブルーカー賞などを海外で受賞し,4つの言語で出版されている話題のグラフィック・ノベルがついに日本に登場。がんの当事者や家族,がんになった人が身近にいる人,医療・看護に関わる人におすすめです。


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