テスト理論から見た大学入試改革論(4)
Posted by Chitose Press | On 2017年10月27日 | In サイナビ!, 連載大学入試改革論は,テスト理論の観点からはどう評価されるのか,テスト理論を含む心理統計学が専門で,文部科学省の「高大接続システム改革会議」の委員も務められた東京大学の南風原朝和教授に寄稿していただきました。最終回は英語の民間試験活用案の問題点と,障害のある受験者への配慮を取り上げます。
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南風原朝和(はえばら・ともかず):東京大学高大接続研究開発センター長/大学院教育学研究科教授。主著に『心理統計学の基礎――統合的理解のために』(有斐閣,2002年),『続・心理統計学の基礎――統合的理解を広げ深める』(有斐閣,2014年),『量的研究法』(臨床心理学をまなぶ7,東京大学出版会,2011年)など。
英語の民間試験と妥当性・信頼性
現在の大学入試センター試験では,英語を話す力と書く力を直接に評価することができません。間接的には,発音・アクセントの問題や,語句を並べ替えて文章を完成させる問題などで,これらを評価する工夫はされていますが,直接的な評価はしていません。このうち書く力については,大学によっては個別試験で評価しているところも少なくありませんが,話す力については個別試験でも評価をしていないのが現状です。
一方,高等学校の学習指導要領では,読む・聞く・話す・書くの4技能を総合的に育成することとしています(1)。学習指導要領と現在の大学入試の英語のギャップを埋めるためには,現在の大学入試センター試験の後継となる大学入学共通テストの英語で,話す力と書く力も評価できるようにすることが考えられます。しかし,50万人規模の共通テストでそれを実行することは困難であるという判断から,すでに4技能の評価をしている民間試験を活用する案が出てきました。そして,少なくとも2024年度入試までは,各大学の判断で,共通テストの英語と民間試験のいずれか,または双方を選択利用することとされています。
しかし,民間試験は,当然ながら日本の大学への入学者選抜を目的に開発されたものではありませんから,その目的に照らして,はたして妥当な試験かどうかを検証する必要があります。第1回で述べたように,妥当性は,テストの得点が測りたい能力をどれだけ反映しているかを表すものです。そのため,それぞれの民間試験が,それら本来の目的のためには妥当な試験であったとしても,それを別目的で使用する場合には,あらためて妥当性を調べる必要があるのです。
また,入学者選抜に使うのであれば,民間試験の信頼性についても確認しておく必要があります。第2回で,記述式問題の採点の信頼性について述べましたが,英語を話す力の採点は,発音や応答の速さなど,記述式問題以上に多くの要因が反映されますので,信頼性を確保するのはより困難であることが想定されます(2)。
多くの民間試験のうちのどれを採用するのかについて,文部科学省は最近,「「大学入学共通テスト実施方針」(平成29年7月13日)では,資格・検定試験をセンターが「認定」するとしているが,これは法的根拠に基づく認定制度ではない。本要件は,あくまでも成績提供システムに参加するための要件として定めるものである。(資格・検定試験そのものの質や内容を評価するものではない。)」としており(3),試験の質や内容は評価しないと明言しています。だとすると,国立大学協会など,これらの試験を使用する可能性のある大学側が妥当性と信頼性を評価して,入学者選抜の要請に応えるものであるかどうか判断しなくてはならないでしょう。
複数の民間試験の得点の比較可能性
いま仮に,そのような観点から,入学者選抜にふさわしい民間試験が複数選ばれたとします。その場合,その次の問題は,それぞれ内容や難易度の異なる別々の民間試験を受けた受験者の成績をどのように互いに比較するかということです。
この成績比較の問題について文部科学省は,「ヨーロッパ言語共通参照枠」(Common European Framework of Reference for Languages),略してCEFRと呼ばれる参照枠を利用することを想定しています。CEFRは欧州評議会が,ヨーロッパの諸言語に共通して使えるように作成した言語教育と評価のためのガイドラインで,ヨーロッパ以外でも広く利用されているものです。CEFRでは,表1に示したように,言語能力がA1レベルからC2レベルまでの6段階に分けられており,A1,A2は基礎段階の言語使用者,B1,B2は自立した言語使用者,そして,C1,C2は熟達した言語使用者とされています。
この表の上のほうに並んでいるのが民間試験の主なものです。そして,表の中には,それぞれの民間試験でどのような成績をとれば,CEFRの各段階に相当するかを示しています。この内容は,それぞれの試験団体自身が公表したものを文部科学省でまとめたものです(4)。たとえば,英語圏の大学への入学にはB2レベルが必要とされることが多いようですが,それが英検ですと準1級に合格すること,そしてTOEFL iBTですと,72点以上をとることがそれに相当するということです。このように,CEFRという共通の枠組みに対応づけることを通して,結果的に,異なる試験の間で成績を比較できるというのが文部科学省の説明です。