TEA(複線径路等至性アプローチ)の過去・現在・未来――文化と時間・プロセスをどのように探究するか?(4)

――TEAが広がっていったのには,物語を理解したいというムーブメントがあるんでしょうか。

サトウ:

物語を理解したいというのはあるんだろうね。コロンブスの卵としか言いようがない。ヤーンは前から図を描いていたし,それを実際に使ってみようとした人がいなかっただけだよね。

渡邊:

何がよかったんだろうね。

サトウ:

さあ? でもヤーン・ヴァルシナー個人の力も大きい。彼の貢献で言うと,彼が来たことによって,日本の質的研究はすごく国際化したんだよ。尾見も英語の本(12)を出しているんだから。あの影響力はすごいね。

尾見:

それこそ向こうのメジャー雑誌に書いていたり,勤めていたりして活躍している人はもちろんいるけれども,ぼくなんて国際的にはペーペーですよ。それが,帯広でパーソナリティ心理学会があって前日に家族と北海道をまわっていた時に,ぼくも準備委員だったからヤーンの相手をすることになって,1日ドライブして案内したんだよ。その時に,「たまたま海外に行くチャンスが夫婦であるんだけど」と話したら,「2人呼んであげるよ」という話になって,行くことにしたら,世の中ネットワークだということがよくわかった。いくらでも書けとか発表しろと話が来て,もっと時間的に余裕があればもっとやりたいけれど,今は断わることもある。英語の論文とか本とかいくらでもオファーがある。

photo01

サトウ:

ヤーン・ヴァルシナーを中心としたネットワークがあって,そこには方法論はなくて,みんな理論的なことばっかり言う人が多いから,実際にやるのって難しかったんだろうね。その時にTEAが使いやすかったというのはあると思う。

渡邊:

ヤーンの研究そのものがデータのある方向にこれで広がったんだよね。

サトウ:

明らかにそう。

渡邊:

ヤーンはデータの話はあまり書いていないよね。

尾見:

抽象的な話だよね。

渡邊:

あれはあれで成立するのがすごい。

サトウ:

ヤーンはクラーク大学に来る前はノースカロライナで母子の研究とかフィールドワークとかをしていて,クラーク大学にはワーチ(13)が転出したあとに彼が行って,Culture and Psychologyっていう雑誌をつくってやっていたんだけれど,基本的に理屈だけだよね。よくあれだけ書くよなあ。でもたいしたことは書いていない,って部分もある。あくまで部分だけど(笑)。われわれが書いたらすぐ書けるようなことを英語で書いているんだよ。

渡邊:

書いているところが偉い。

尾見:

英語で書く力がないからなあ,ぼくなんかは。

サトウ:

内容は一緒だよ。

尾見:

前に話したけれど,都立で院生時代に話していたこととほぼ一緒というか,むしろぼくらが先んじていたみたいなところはあるよね。

サトウ:

それこそ,心理学に対する閉塞感みたいな共通要因があって,ぼくとヤーンのことで言うと,歴史と方法に関心があるということで,考え方自体が本当に似ているんだよね。

渡邊:

少し年齢は違うけれども,同世代感はあるよね。

尾見:

アメリカ人じゃないからだけれど,間口の広さはすごいね。ヤーンはぼくのことなんてろくに知らなかったはずですよ。サトウタツヤの後輩ということと,北海道の案内をしたくらいで,「本のエディターをしろ」って言うんだよ。ありえないよ。専門もそんなに近くもないし。なんていうか,いい意味でめちゃ適当で,ぼくから言わせるとサトウタツヤのお化けみたいな感じね。みんなウェルカムで,世界的にぐわーってやっていて。

サトウ:

日本だって彼のネットワークのおかげで小松孝至君(14)とか,お小遣い研究の仲間たちとか,どれだけ英語論文の産出量が上がったかと考えると,すごいよね。

尾見:

いくらでも行けそうだものね。ヤーンを通じていろいろな人とつきあって,ヤーン抜きでもいろいろなことができているでしょう。

サトウ:

学生たちも数カ月行けば力がついて,ネットワークもできて,安田も,木戸も,日高も,以下略だけど,たくさんお世話になっていて,行けば必ず良いネットワークができる。

渡邊:

TEMもTEAもヤーンの名前がついていたことがすごく大きいよね。ただサトウタツヤだけだったら,こんなにはやらなかったかもしれない。

サトウ:

そこは意識したよ。日本人(特に心理学者)は日本人の研究を認めないという面があるからね。あと,研究会レベルで交流をかなりやっているということだよな。

渡邊:

そういう意味では関わった人間の数は多いよね。集合的に,コレクティブに作られていった方法だね。ゲシュタルト心理学とか,ああいう頃の雰囲気もそういうものだったんじゃないの。そのうちみんなアメリカに逃げ出さなきゃいけなくなる(笑)。

尾見:

今はアメリカにも逃げ出せなくなったから。

サトウ:

今,この領域でアメリカに行く必要はないよ,ある種の薄っぺらさがわかっちゃったからな。やっぱり欧州起源の心理学が今は面白いよね。

尾見:

ヤーンのすごさは,日本だけじゃなくて南米とかヨーロッパの大陸とか,英語が第二言語の人たちをどんどん巻き込んでいるところじゃない。「喜んでやります」という人をどんどん巻き込んでやっている。英語がいまいちだと面倒だったり,信頼できなかったりするんだと思うけれど,そういうものをどんどん巻き込んでいる。

サトウ:

この英語論文集にも入っているけれど,オックスフォードとケンブリッジとでどちらかが先にハンドブックを出したら,必ずもう一方でもハンドブックを出してくるんだよね。だから業績が倍になる(笑)。しかも,ああいうところは普通の出版社と違って,校閲で文法チェックとかもすごくやってくれて,すごくいいものになるんだよね。

渡邊:

ちゃんとした学者が書いたようにね。

尾見:

エディターもしっかりしているしね。

サトウ:

そうなんだよ。最後に1つ言っておくと,ジャーナルを創りたいなと思っていてね。ヤーンに相談したら,「TEMだけじゃ狭すぎるから,Multi-Processを扱うJournalにするほうがいい」と言われた。Culture and Psychologyは敷居が高すぎるから,4頁くらいのレター誌みたいなのをつくって,こういうテーマでプロセスを分析したらこうなったよ!,みたいな感じで各国の人が気楽に情報交換できたらいいかな,と。それが課題だね。

(鼎談終了)

おまけ――TEA,TEM関連書籍

サトウタツヤ編 (2009).『TEMではじめる質的研究』誠信書房

安田裕子・サトウタツヤ編 (2012).『TEMでわかる人生の径路――質的研究の新展開』誠信書房

ヴァルシナー,J.(サトウタツヤ監訳)(2013).『新しい文化心理学の構築――〈心と社会〉の中の文化』新曜社

安田裕子・滑田明暢・福田茉莉・サトウタツヤ編(2015).『ワードマップTEA理論編』新曜社

安田裕子・滑田明暢・福田茉莉・サトウタツヤ編『ワードマップTEA実践編』新曜社

Sato, T., Mori, N., & Valsiner, J. (Eds.) (2016). Making of the future: The Trajectory Equifinality Approach in cultural psychology. Charlotte, NC: Information Age Publishing.

Sato, T. (2017). Collected Papers on Trajectory Equifinality Approach. ちとせプレス

さらにおまけ

サトウタツヤが文部省内地研究員として東大にいた時の活動記録は下記にまとまっている。1997年。
「東大留学日記(1997)」

サトウタツヤがヤーンと初めて会った時のことは下記にまとまっている。1998年。
「1998年夏 アメリカ・心理学史珍道中 第8日目 クラーク大学訪問」

ヤーンが初来日した時のことは下記にまとまっている。2004年。
「Welcome to Japan, Kyoto, Ritsumeikan!」

Tatsuya Sato著
ちとせプレス (2017/3/31)

人はどう生きているか? 時間とプロセスを扱う新しい研究アプローチ,TEA(複線径路等至性アプローチ)。問題意識はどこにあるのか。理論的背景はいかなるものか。研究をどのように実践すればよいのか。心理学の新機軸を切り拓く,珠玉の英語論文集!

文献・注

(1) 日高友郎。福島県立医科大学講師(常勤・テニュア付き)。サトゼミ背番号隊。

(2) シグムント・フロイト(Sigmund Freud: 1856-1939)。精神分析学の創始者。

(3) 詫摩武俊。東京都立大学名誉教授。東京国際大学名誉教授。2018年12月30日逝去。

(4) レフ・セミョノヴィチ・ヴィゴツキー(Lev Semenovich Vygotsky: 1896-1934)。ロシアの心理学者。

(5) ヴォルフガング・ケーラー(Wolfgang Köhler: 1887-1967)。ゲシュタルト心理学の創始者の1人。

(6) ユーリア・エンゲストローム(Yrjö Engeström)。文化心理学者。活動理論を提唱。

(7) マイケル・コール(Michael Cole)。文化心理学者。

(8) スキナーの信奉者。

(9) 2017年4月23日に実施した。

(10) 荒川歩。武蔵野美術大学准教授。サトゼミ背番号隊。

(11) KJ法とは,川喜田二郎(1920-2009)が開発したデータ分析手法。著書に『発想法 改版――創造性開発のために』(中公新書)など。

(12) Omi, Y., Rodriguez-Burgos, L. P., & Peralta-Gomez, M. C. (Eds.) (2013). Lives and relationships: Culture in transitions between social roles. (Advances in Cultural Psychology). Information Age Publishing.

(13) ジェームス・V. ワーチ(James V. Wertsch)。文化心理学者。

(14) 小松孝至。大阪教育大学准教授。2013年に編著Crossing Boundaries:Intercontextual Dynamics Between Family And SchoolをIAPから出版するなど精力的に活動。


1 2 3