トライポフォビアの個人差を測る質問紙の邦訳

『パーソナリティ研究』内容紹介

蓮の花托や蜂の巣を見るとぞわぞわっとすることはないでしょうか。トライポフォビアと呼ばれるこの現象には個人差があるそうです。その個人差を測る尺度の日本語版が作成されました。(編集部)

今泉修:東京大学大学院総合文化研究科・日本学術振興会特別研究員。

トライポフォビアとは

円形や物体の集合体,例えば蓮の花托や蜂の巣を観ることで生じる嫌悪や不快は,トライポフォビアと呼ばれます。鳥肌や悪心などが伴うこともあります。もともと有害ではない集合体を観ることで嫌悪や不快を感じることは不思議なことかもしれません。こうした疑問から,最近ではトライポフォビアの仕組みが心理学的に研究されています。例えば,集合体から人体の傷や有毒生物の斑点を連想してトライポフォビアが生じる,という仮説があります。

トライポフォビアの個人差を測る質問紙

過去に行われた調査では参加者の約16%がトライポフォビアを報告しました。トライポフォビアが生じやすい者とそうでない者に分かれることが考えられますが,こうした個人差がどんな原因によるのかを調べるためにはトライポフォビアの生じやすさを測る心理尺度が必要でした。そこで英国の心理学者たち(Le, Cole, & Wilkins, 2015)は,Trypophobia Questionnaire(TQ)という五肢選択式の19項目からなる質問紙をつくりました。得点が高いほどトライポフォビアが生じやすいことを意味します。

研究目的

私たちは,日本でトライポフォビアの個人差を調べるためにTQの邦訳が必要であると考えて,日本語版Trypophobia Questionnaire(TQ-J)をつくり,その信頼性や妥当性を調べることを目的としました。

研究方法

TQを日本語に訳してTQ-Jをつくりました。そして日本語を母語とする成人315名(うち女性110名,平均39.4歳)が参加するウェブ調査を実施しました。

参加者はまずTQ-Jに回答しました。次に,60枚の画像を観て感じられる不快感を評価しました。評価された画像にはトライポフォビア画像(穴が多数開いた物体)と中性画像(穴が一つ開いた物体)と不快画像(一般的に不快な風景)が含まれました。最後に,日常的な不安の感じやすさである特性不安を測る質問紙に回答しました。2週間後,上記のうち127名はTQ-Jに再び回答しました。

結果

TQ-Jは整合性が高い一因子構造であることが示され,すべての質問項目がトライポフォビアの生じやすさと思われる単一の心理特性を測っていることがわかりました。また1回目と2回目のTQ-J得点が強く相関していたことから,ある個人から常に同様の測定結果を得られるような,高い安定性が示されました。以上よりTQ-Jが信頼性のある質問紙であることがわかりました。

TQ-Jはトライポフォビアの生じやすさと呼べるものを本当に測ることのできる妥当な質問紙なのでしょうか。もしそうなら,TQ-J得点が高い者はトライポフォビア画像の不快感評価も高くなることが予測されます。他方で,円形が集合していない中性画像ではトライポフォビアが生じにくいことや,一般的な不快風景によって生じる不快感は集合体によって生じるトライポフォビアとは異なる反応であることが考えられます。したがってTQ-J得点は中性画像・不快画像の不快感評価とはあまり相関しないことが予測されます。回答内容を相関分析したところ,上記の予測通りの結果となりました。

さらにトライポフォビアのような特定の対象への嫌悪や不快は,日常的な広い対象への不安や嫌悪とは異なると考えられます。したがってTQ-Jがトライポフォビアの生じやすさを測るなら,例えば特性不安とはあまり相関しないことが予測されます。分析の結果,予測通りTQ-J得点と特性不安得点が弱く相関することが示されました。以上の結果からTQ-Jが妥当性のある質問紙であることがわかりました。

展望

国内外のトライポフォビアの研究は始まったばかりです。この質問紙が今後の研究に貢献することを願います。しかしTQもTQ-Jも開発されたばかりのものですから,今後の研究で得られる知見を踏まえて,これらの質問紙がさらに洗練されていくことも望まれます。

文献

Le, A. T., Cole, G. G., & Wilkins, A. J. (2015). Assessment of trypophobia and an analysis of its visual precipitation. Quarterly Journal of Experimental Psychology, 68, 2304–2322.

論文

今泉修・古野真菜実・日比野治雄・小山慎一 (2016).「日本語版Trypophobia Questionnaire(TQ-J)の作成」『パーソナリティ研究』25(2), 171-173.