10月 みあやまり――擬似相関(1)

『大学生ミライの因果関係の探究』より

因果関係の見誤り

研究室にコーヒーの香りが広がる。口に含むと,いつもと同じ酸味と苦さ。

先生は,マグカップを持ちながら話し始めた。

「何かと何かに関連があっても,そこに因果関係があるとは限らない。そういう話を,これまでにも何度かしているよね」

この前の夏も,そういう話になった。

「夏にゼミ合宿の発表会に参加させていただいたときに,因果関係の話になりました」

「そうだね。あのときは,どうやったら因果関係を明らかにすることができるかという話をしていたね」

因果関係を確定するのは,予想以上に難しい問題だった。その後,高槻先輩はもう一度苦労して調査を行い,因果関係について検討したと,先輩自身から聞いた。

「それから,さっき庭瀬さんに貸した本は,ヒューリスティックスについて解説してある。人間がいかに因果関係を誤って知覚するか,という内容についても触れられている」

この本は,そういう内容の本なんだ。読むのが楽しみになってきた。

「カーネマンという研究者がヒューリスティックスの研究を始めたきっかけは,パイロットの教官に対して授業をした経験にあるらしいんだ」

パイロットを育てる先生たちに,授業をするのか。

「カーネマンは当時の心理学の研究知見から,「うまくできたときにほめることが良い」という話をした。ところがパイロットの教官たちは,自分たちの経験から「それは違う。逆だ」と主張したんだ」

意見が真っ向から対立したということか。カーネマンはほめる方がうまくいくと主張し,パイロットの教官たちは失敗したときに怒る方がうまくいくと主張する。どっちが正しいんだろうか。

「パイロットの教官たちは,自分の経験から,「怒ったあとの方が生徒たちはうまい飛行をする」と言ったんだ。でも,カーネマンにはそれが信じられなかった」

「どうして意見が食い違ってしまったのですか」

「心理学者のギロビッチが回帰の誤謬(ごびゅう)と呼んだ現象だね」

回帰の誤謬……。

「ある訓練中のパイロットの着地技術が平均的,そうだね,100点中50点だとする。だけど,毎回の着地が50点ということにはならない。毎回の着地は風向きやタイミングやいろいろな要素で,良かったり悪かったりする。庭瀬さんだって,テストでいつも同じ点をとるわけじゃないだろう」

もちろん,テストの点は良かったり悪かったりする。

「あるとき,そのパイロットが着地訓練に大失敗したとしよう。100点中10点だ」

「大失敗ですね」

「そう,大失敗。だから教官に怒られてしまう」

真っ赤な顔でどなっているパイロットの教官をイメージした。怖そう。

「でもそのパイロットの本来の技術は50点なのだから,その大失敗の次はそこそこの成功を収める確率が高い」

私は「あっ」とつぶやいた。「先生,だから怒ったあとは成功すると感じるのですね」

「そうだね。逆に着地が大成功したとしよう。100点満点で90点。するとパイロットの教官はほめる」

「だけど,次はそのパイロットの技術が50点くらいだから……」

「そんなにうまい着地にならない可能性があるね。すると,ほめたあとはうまくいかない,という事実が観察される」

「それが繰り返されるから,パイロットの教官たちは「失敗したら怒った方がうまくいく」と思うようになっていくのですね」

「そうだね。この現象のように,あるときの結果が極端に良かったり悪かったりすると,次の結果は平均に近づいていく現象を,平均への回帰というんだ」

「先生,それが,因果関係の見誤りを招くということなのですね」

「時間的な前後関係があるからね。あたかも,叱ったことが次の成功を導いているように感じられてしまう。庭瀬さんも僕も,普段の生活の中で何か,そういう因果関係の認識をしてしまっている可能性はある」

(→続く:近日公開予定)

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小塩真司著
ちとせプレス (2016/9/10)

「因果関係があるかないかを決めるのは,予想以上に難しかった」。心理学科のミライが統計にまつわる出来事に遭遇するキャンパスライフ・ストーリー。ストーリーで心理統計がわかる!


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