10月 みあやまり――擬似相関(1)

『大学生ミライの因果関係の探究』より

その日,家に帰ってから,あおいが話していた内容が気になった。そこでスマホを手にし,検索サイトにキーワードを打ち込んでみた。

「成績」「大学」「売り上げ」……あ,あった。あおいが言っていたのはこの話にそっくりだ。

それが書かれていたのは,ある経営者のウェブページだった。

その経営者は長年,大学生のアルバイトを雇ってきたが,その中である法則に気づいたのだという。

それは,「出来の悪い大学生ほど,売り上げを伸ばす」という,あおいが言っていた内容そのままの法則だった。

その内容は,こういうものだった。

出来の良い大学生は,自分が優秀だと思っているので,自分よりも劣った人々のことを見下してしまう。だから,店で接客をするときにも,そんな態度が表に出てしまう。そういう学生は,店で客商売をするのに向いていない。むしろ,成績の悪い,少し劣等感をもつような学生の方が,他人の痛みがわかるので,店の売り上げを伸ばすのだ。だから,大学生は出来が悪い方がいい,という。

よく読むと何だか変だが,不思議と賛同する人もいるようだ。

その経営者は,その内容を強く信じているようで,この内容についてくわしく書いた本まで出版している。

きっと,あおいのアルバイト先の店長は,この情報を見たのだろうなあ。

研究室

久しぶりに,江熊先生の研究室を訪れた。何か新しい本を借りるため。だけど,先生に会うため,という目的もある。先生に会うのは,夏の旅行以来だ。夏に訪れた島や旅館の話を交わして,お薦めの本を1冊,先生から受け取る。どんな内容なのか,楽しみだ。

そのときふと,先生ならこの問題についてどう思うかな,と考えた。

「先生,今日はもう1つ,教えていただきたいことがあるのですが」

先生の表情が,「また始まったね」と面白がっているように見えた。

「どういう内容のことかな」

「大学生についての話です」

私は,あおいのアルバイト先の話,そこの店長が大学生の成績と売り上げとの間に関連があると信じているということ,その情報のもとはウェブページにあるということを話した。

「先生は,どう思われますか」

先生は,「ふーん」と言って,おもむろに本を取り出した。

「もしかして,この本のことかな」

先生が取り出した本は,私がウェブページで見た本そのものだった。出来の悪い学生ほど売り上げを伸ばす,という説を提唱している経営者の本だ。

どうして先生の研究室にこの本が?

もしかして,先生はこの本の内容を信じているの?

「先生,どうしてこの本をもっているのですか?」

思わず聞いた。

「ああ。僕は,とりあえず気になった本はできるだけすべて目を通すことにしているんでね」

それで,この研究室はこんなに本であふれているんだ。

先生は続ける。

「この本はたまたま,別の本の中で取り上げられていたものなんだ」

別の本からこの本にたどり着いた,ということか。

「別の本で紹介されていたということは,有名な本なのでしょうか」

私はこんな説は知らなかった。でも,世の中では有名なのかな。

「有名かどうかは知らない。でも,一部では知られているようだ。気になったから,古本屋で見つけたときに買ってみた。よく売れた本みたいで,安かったよ」

先生はちゃんと最後まで読んだのかな。

「もう読まれたのですか」

私が聞くと,先生はこう言った。

「最初の章を読んで,あとは流し読みだな」

ということは,たいした内容ではなかったということだろうか。

「どう思われましたか」

ちょっとしつこいかな,と思いながらも聞いた。

「この本の内容は,人間のもつ認知バイアスそのものだよ」

この変わった本の内容が,心理学の話に結びついたので,驚いた。

「でもまずは,コーヒーだな」

私はすぐに立ち上がり,コーヒーメーカーをセットした。


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