ベイズ統計学による心理学研究のすゝめ(4)

色覚の認知モデリングの例

筆者が関わった一例を挙げてみましょう(6)。心理学は古くから色の見え方の研究に取り組んできました。色相を決めるのはおもに光の波長です。可視光の範囲で,物理的に波長の長い光は赤く見え,波長が短い光は紫色に見えます。しかし,人が主観的に感じる色は,赤と紫を両極とした1次元的な感覚ではありませんね。むしろ,可視光の範囲で一番波長の長い赤と,一番波長の短い紫とは比較的近い色に感じられると思います。

C. E. ヘルム(7)は実験参加者に2つの色を提示し,その色のペアがどのぐらい似ているかを尋ねて回答を記録しました(8)。10種類の色が用意されたので,可能なペアの組み合わせは45通りあり,そのすべてについて参加者たちから主観的な色ペアの類似度データが得られました。このデータを用いて,人間の色の感覚をどのようにモデリングできるでしょうか。

こうした場合に利用できる統計モデルに,多次元尺度法があります。多次元尺度法モデルでは,観測された類似度データの背後に,少数の次元によって張られる心理的空間を想定し,そこで近くに布置される対象はより似ている,遠い対象はより似ていない,という評定が観測されやすくなると考えます。観測される評定データの背後に,直接観測できない心的次元を考える点で,多次元尺度法は認知モデルと考えることができます。

下の図は私たちがベイズ階層モデルに拡張した多次元尺度法によって,この色の類似度データを分析した結果です。黒の点は,それぞれの色の事後平均を表します。また,灰色の点は事後分布から取り出したMCMCサンプルであり,各色の事後分布の範囲を視覚的に表現しています。この中で一番波長が長いのは赤紫(red-purple)で,波長が短いのは紫(purple-1)ですが,物理的な波長が1次元的なのに対し,人が感じる色の類似―非類似関係は,2次元の空間で円環状になっていることがよくわかります。また,事後分布の広がりからそれぞれの色の不確実性はそう大きくないこともわかります。

fig4-3

図 色ペアの類似度データを,個人差を考慮したベイズ多次元尺度法によってモデリングし推定した色の心理的空間

さらに,このベイズモデルでは2つの次元をそれぞれどのぐらい重視するかに個人差を想定しており,2つの次元にも意味があります。ここでは左右方向が赤―緑,上下方向が青―黄色の次元になっています。同じ方法を赤―緑型の色覚異常のある参加者の評定にも適用したところ,想定される通り第1次元への重みがとても小さくなり,赤―緑の違いが色の類似度判断に影響を与えなくなっていると解釈できました。

このように,単なる色のペアごとの類似度評定データだけからでも,ベイズモデリングによって,評定の背後にある心理メカニズムや個人差について単純にデータを眺めたり平均を計算したりするだけではわからない,新たな知見を得ることができるのです。

おわりに

4回にわたって,心理学への応用を念頭においた,ベイズ統計学の紹介をしてきました。この連載の終わりとともに,私も日本に戻ります。専修大学の私たちの研究室や,心理学科のメンバーでは,これからますますベイズ統計学を活用した心理学研究を進めていく計画でいます。短い連載でしたが,統計分析・統計モデリングをこれまでよりももっと有効に利用する,何かのきっかけになったら嬉しいな,と思います。ご愛読どうもありがとうございました。

(連載終了)

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文献・注

(1) Gelfand, A. E., & Smith, A. F. M. (1990). Sampling-based approaches to calculating marginal densities. Journal of the American Statistical Association, 85(410), 398-409.

(2) BUGSプロジェクトのサイト

(3) JAGSのサイト

(4) Stanのサイト

(5) アメリカ統計学会のJoint Statistical Meetingのサイト

(6) くわしくはOkada, K., & Lee, M. D. (2016). A Bayesian approach to modeling group and individual differences in multidimensional scaling. Journal of Mathematical Psychology, 70, 35-44をご参照ください

(7) Helm, C. E. (1959). A multidimensional ratio scaling analysis of color relations: A Technical Report. Psychology Department, Princeton University and Educational Testing Service.

(8) 実際には色の三つ組を用意した,もう少し複雑なデータ収集法がとられています。くわしくは元論文をご覧ください。


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