歴史的・社会的文脈の中で心理学をとらえる(3)

それこそ、これからの社会でどういうふうに起きるかわからないけれど、ナチスのユダヤ人虐殺のときはユダヤ人がもっている特徴が「科学」の名をもってすごく攻撃された。その頃はユダヤ人の外見的な特徴に関する研究だけでなく、行動というか精神病理に関しての研究もすごくされているんですよ。例えばユダヤ人の方が当時の「早発的痴呆」にかかりやすいだとか。そういう「科学」がナチスの政策を後押ししているわけ。そういうことがまた起きるよね。それももっとサイエンスな形で。これは差別じゃないんだ、科学だと。だからサイエンスにも警戒しなくちゃいけなくて。

再現性の話でも、みんな心理学は自然科学みたいな科学にならなきゃいけないということをまったく疑っていない。心理学が科学、それも自然科学になることが目的になっているんだなと。人間行動を扱う自然科学になりたい、と。それでできることはすごく少ないよ。いま心理学者がもっているテーマの7割くらいはダメになる。役に立つ問題からすれば、残らないものの方が世界から見たら役に立つこともある。例えば、生物学の再現性は物理や化学よりずっと低いと思うんだ、特に生態学とかはああいう基準で行ったらせいぜい6割とか、心理学の実験系のテーマは6割くらいでそれは当たり前でハードを扱っているものはそのくらいになる。ハードを扱うものしか残れなかったら臨床心理士や公認心理師なんてできなくなってしまう。どうするつもりなのかな。

1940年代に実験心理学が行動主義でやったのと同じ失敗をすることになる。また行動主義をやるのか、という。行動主義ってなんで起きたんでしたっけ、という話なんだよ。行動主義の悪口をいろいろ言いますけど。再現性や科学になるっていうことにこだわっていると、新しい行動主義の時代が来るだけですよ、と。行動分析みたいなセクトを作って、これは心理学じゃないんだ、行動分析だ、と。同じだよね、心理学じゃなくて心理科学だっていうのとさ。本当にナイーブで、なぜナイーブになるかというと、歴史を知らないから。歴史を知っていれば、前にも同じことがあったでしょ、と言えるし。パーソナリティ分野についていえば、ミシェルの問題と相当な部分同じ問題なんですよ、これ。当のミシェルはいまはそうは思っていないだろうな。なにしろミシェルは、自分のやったことの意味を全然わかっていないんだよ。そこがすごい。そこが天才。天才ってそうなんだよ。

渡邊:今度の対談は、俺は日本パーソナリティ心理学会の理事長だからおじいちゃん代表と、中堅の小塩先生とで、パーソナリティ心理学のそもそもの話をしますよ。パーソナリティ心理学のそもそもの話をするうえでは、社会との関係は考えざるをえないから、1回目は変わるもの変わらないものの話で、いろいろな論点を提示して、その後その論点の中からいくつかを議論していく。例えば脳の話になったら、小塩先生は脳と結びついている最近の研究をたくさん知っているから。そういう話をしたい。

(連載終了)

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今回の対談を受けて、渡邊教授と小塩教授による「パーソナリティ心理学徹底対談」を行います。パーソナリティ心理学の歴史的・社会的文脈と最近の動きとを結びつけることで、何が見えてくるのかをより深く議論します。対談は年明けに掲載いたします。ご期待ください。(編集部)

文献・注

(1) ミルグラム(S. Milgram:1933-1984):社会心理学者。普通の人間が権威者の指示に従って他者を傷つける行動を起こしうるという有名な実験を行った。この実験はナチス・ドイツの虐殺に関わったアドルフ・アイヒマンになぞらえてアイヒマン実験とも呼ばれる。

(2) アッシュ(S. Asch:1907-1996):同調実験で有名な社会心理学者。

(3)  ブラス、T.(野島久雄訳)(2008).『服従実験とは何だったのか――スタンレー・ミルグラムの生涯と遺産』誠信書房

(4) 監獄実験とは、ミルグラムの弟子であるスタンフォード大学のジンバルドー(P. Zimbardo:1933- )が行った実験。模型の監獄において、看守役と受刑者役に分けて役割を演じさせたところ、非常に強い影響が出てしまい、途中で中止することとなった。ジンバルドーによる著書『ルシファー・エフェクト――ふつうの人が悪魔に変わるとき』に詳細が記述されている。

(5)  岡田涼・小塩真司・茂垣まどか・脇田貴文・ 並川努 (2015).「日本人における自尊感情の性差に関するメタ分析」『パーソナリティ研究』24, 49-60.

(6) マレー(H. A. Murray:1893-1988):社会的欲求の研究で著名な心理学者。


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