実験心理学の魅力(2)

――ご自身の体験がきっかけとなり、白ネズミを用いた回避行動の研究を始められたのですね。「大きな全体的視野を失うな」というのは,何事においても重要なことだと思います。その後、慢性的不安を引き起こす②の心理的要因についてのご研究に力を入れたということですが、具体的にはどのような研究を進められたでしょうか。

ご質問に答えるためには、前回述べた回避行動のことについてもう少し説明が必要なので、今回の回答は少々長くなることをお許しください。

回避学習のネズミの実験でよく用いられる装置に、シャトル・ボックスという装置があります。これは電気格子床をもつ同じつくりの2つの部屋の間を、信号(CS;条件刺激と呼ぶ)に続いて床から与えられる電気ショック(US;無条件刺激と呼ぶ)から逃避したり、信号中にショックの到来を予想して回避するために、2部屋の間を行ったり来たり(シャトル)する、逃避・回避学習のための実験装置です。

私が若いときに心酔したアメリカの心理学者、マウラー(O. H. Mowrer)は、この回避学習を説明するために学習2過程説を唱えました。第1過程は恐怖(あるいは不安)の古典的条件づけです。学習初期には、ネズミはまだ(例えば10秒の)信号(CS)の後に床からショック(US)が与えられることを知りませんから、CSとショックUSを何度か対経験します。その結果、CSに対して恐怖の古典的条件づけが起こります。次に恐怖は強力な動機ですから、ネズミは恐怖が喚起されると何とかして恐怖を解消しようと試行錯誤をします。そしてCS中に隣室に移動する回避反応を学習します。これによってCSは停止し、ショックを受けないですみ、恐怖から解放されます。これが第2過程です。つまり恐怖を動機とし、回避行動による恐怖の低減を報酬(強化)とする道具的条件づけが成立する過程です。

つまり最初はショックと対にされる信号を「恐れる」古典的条件づけ、続いて信号によって喚起された「恐れによる」道具的学習の両者がドッキングされた形で起こるのが回避学習だと説明するのです。これは人の不安神経症や強迫神経症の症状の説明としても非常に説得的に思えたので、私はこれによって異常行動への学習理論的アプローチが可能だと考えて魅了されました。

しかし回避行動の研究を行っているうちに、何かもどかしいものを感じるようになりました。というのはこの考えによると、観察している回避行動は、2つの過程が混じり合ったものなので、どちらの過程がどの程度そこに反映されているのかはわかりません。そこで、第1過程の恐怖の条件づけそのものを純粋に研究するようになりました。

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しかしそこで疑問が生じました。どうも条件づけの研究者は、CSやUSの強度や長さ、両者の時間関係のような物理的変数の条件づけへの影響ばかりを研究の対象にしていることに対してです。そういえば古くからの精神物理学も、物理刺激と感覚の対応関係を追求するものでした。もちろんこれらの変数に関する研究は、いわゆるパラメトリックな基礎研究(当該の現象に関わりのある基本的な変数の影響に関する研究)として重要です。しかし心理学者であるならば、なぜ物理的変数でなく、心理的変数に関心をもたないのだろう。物理的変数を一定に保ちながら心理的変数のみを操作して、それの心や行動への影響を見ることは可能ではないのかと思うようになりました。


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