科学を否定する人たち
なぜ否定するのか? 我々はいかに向き合うべきか?
発行日: 2025年3月10日
体裁: 四六判並製312頁
ISBN: 978-4-908736-39-1
本体: 2800円+税
内容紹介
気候変動懐疑論,地球平面説,反ワクチン――多くの証拠に基づいた科学を否定し,個人的な経験や裏づけのない意見にとらわれるのはなぜか? 科学に対する否定,疑い,抵抗を心理学的に解説し,科学理解の促進に向けて個人,教育者,科学コミュニケーター,政策立案者が取り組むべき活動を提案する。
目次
第Ⅰ部 科学に対する否定,疑い,抵抗
第1章 何が問題なのか? なぜ問題であるのか?
第2章 ネット上の科学否定をどのように理解すればよいのか?
第3章 科学教育が果たす役割とは?
第Ⅱ部 科学に対する否定,疑い,抵抗をめぐる五つの説明
第4章 認知バイアスは推論にどのように影響するのか?
第5章 人は知識や知るということをどのように考えるのか?
第6章 何が科学への疑念を生じさせるのか?
第7章 感情と態度は科学の理解にどのように影響するのか?
第8章 科学に対する否定,疑い,抵抗に私たちができることは?
序文
科学に対する否定、疑い、抵抗は、他国と同様、アメリカにおいても根強く、そして拡大し続けている問題である。しかし、世界的なパンデミックに見舞われた二〇二〇年ほど、致命的な事態を招いた年はない。多数の犠牲者を出した新型コロナウイルス(以下新型コロナ)は、制限を緩和させると瞬く間に感染を拡大させ、さらにその致死性や予防措置が否定されたことにより、事態はいっそう悪化した。同時に、気候変動の影響は衰えることなく、地球上の生命を脅かし続けている。これほどまでに、科学否定に関して、その心理学的な説明を理解し、対策を知ってもらいたいと強く感じたことはない。いままさに、本書のような本が必要なのである。
本書の草稿を提出した二〇二〇年二月二五日、アメリカ疾病予防管理センター(US Centers for Disease Control and Prevention: 以下CDC)は、新型コロナの市中感染の可能性を全米に警告した。その時点では、国内で確認された感染者数はわずか一四例であり、アメリカで最初の症例が確認されたのはその一カ月以上前の一月二〇日であった。この序文を執筆した二〇二〇年六月中旬には、世界の感染者数は八〇〇万人を超えており、その(そして死者についても)四分の一は世界の人口の四%にすぎないアメリカで発生している。二二の州において過去最多の陽性者数が報告されているが、これはデータに基づく科学的な見解を無視して、レストランやスポーツジムなどが営業を再開した結果であろう。それからわずか九カ月後の二〇二一年三月、世界では感染者数が一億二〇〇〇万人に上るなか、アメリカではワクチン接種者が増えているにもかかわらず、国内の感染状況の悪さは世界でも突出しており、すでに五〇万人以上が死亡している。しかし、選挙で選出された議員の中には、ソーシャル・ディスタンスやマスク着用といった、CDCが推奨する最も基本的な予防行動に倣わない者もいる。パンデミックの数カ月間で、科学否定はまさに致命的なものとなってしまった。
科学界や医学界は、この新たなウイルスが危険なものであり、壊滅的な影響を回避するためにも、ただちに前例のない措置が必要であると警告していた。しかしアメリカは、検査、接触者追跡、渡航制限、自宅待機命令といった対策に取り組むのが遅かった。パンデミック初期の頃、疫学モデルの構築や予防法のアドバイスは、どうしても不確定な部分が少なくなかった。また、ワクチンや治療法の完成時期についても明確な予測は存在しなかった。それでも科学者たちは、新型コロナとそれが引き起こす病状の理解に向けて、すぐに行動を起こした。しかし、科学的な理解が深まった後であっても、それが国家レベルの政策に反映されることはなかった。新たなウイルスが発生してから数週間も経たないうちに、混乱や誤解を招く不正確な情報が次々と現れ、ウイルスよりも早く広がっていった。誤った情報は、政治家、ニュース番組、ソーシャルメディア、検索にはかからないダークウェブ上の陰謀論者、そしてホワイトハウスの記者会見室に至るまで、あらゆるところからもたらされた。一人ひとりが科学的な研究とは何かを理解し、自分が読んだもの、聞いたことを十分に精査できるスキルをもっておくことが、これほどまでに不可欠な時代はない。また、政策立案者が科学者の意見に耳を傾け、地域社会や州、国を守るための意思決定の指針として科学的データを活用することが、かつてないほど重要になっている。最初のワクチンは二〇二〇年一二月中旬に緊急承認を受け、他のワクチンもこれに続き、接種率は増加している。とはいえ、多くの国民がワクチンを接種するかについては懸念が残っており、もしそうした選択が自分だけでなく、他者の命にも影響を与えるのであれば、これは非常に憂慮すべき問題である。
ウイルスが猛威を振るうにつれ、黒人、ヒスパニック/ラテン系、先住民に対する差別的で、深刻な被害がいっそう顕在化した。質の高い医療を受ける機会の格差の存在や、「エッセンシャルワーカー」の割合の高さは、制度的人種差別の影響をあらためて露呈した。人種間の格差はすべての年齢層で明白であり、中年期が最も顕著で、黒人とヒスパニック/ラテン系の死亡率は白人の六倍以上であった(同様の差はアラスカ先住民やネイティブ・アメリカンのグループでも白人と比較して存在するが、データが不完全なため同じレベルでの分析はできない)。あまりに長い間、科学は専門分野や実践における構造的人種主義の問題に目を向けてこなかった。こうした不平等を検証する、社会的に公正な科学が必要とされているのである。
新たなウイルスが世界を大混乱に陥れる一方、そのウイルスの存在を否定したり、予防策を忌避したりする個人がいるいま、科学に対する否定、疑い、抵抗がどのように生じるのかを探究し、理解することの必要性を強く認識するようになっている。本書では、認知バイアス、科学的主張の評価、科学的知識、動機づけられた推論、社会的アイデンティティ、知識と科学についての信念、態度や感情の影響など、長年にわたって私たちが独自に、あるいは共同で研究してきた、重要な心理学的要因に光をあてる。また、一般社会における科学の理解をサポートするために、個人、教育者、科学コミュニケーター、政策立案者が取り組むべき活動についても提案する。
本書の構想は、私たちの二〇年以上にわたる個人研究・共同研究から生まれている。一般社会における科学の理解や誤解について、学会やミーティングなどで幾度となく、長時間の話し合いを重ねた。科学に関する思考と学習をめぐる心理学において、互いの研究課題が相補的であったことも相まって、「一般社会における科学の理解―政策および教育への示唆」と題する論文をPolicy Insights from the Behavioral and Brain Sciencesという雑誌向けに共同で執筆した。その論文や他の論文、そしてその後の多くの会話から、私たちは心理学の専門家だけでなく、もっと幅広い読者に伝えたいと望むようになった。
本書の執筆を支援してくださった方々、関連研究で協力してくださった方々、その他多くの形で協力してくださった方々に感謝の意を表する。各章の執筆にアイディアをもたらしてくれた共同研究者たち、とくに、ジャッキー・コルドヴァ、ロバート・ダニエルソン、ベン・ヘディ、マーカス・ジョンソン、スザンヌ・ブロートン・ジョーンズ、ダグ・ロンバルディ、ルイス・ナデルソン、またミドルベリーのバーバラの学部生研究助手たち、とくにアレックス・デリージ、ローレン・ゴールドスタイン、ケイティ・グライス、アンバー・ハリス、チェルシー・ジェローム、チャク・フー・ラム、ジョナス・シェーンフェルド、ヘイリー・トレトーに感謝する。また、一般社会における科学の理解というテーマに取り組んでいる研究者たち、イヴァー・ブローテン、レイナー・ブロム、クラーク・チン、スーザン・フィスク、ハイディ・グラスウィック、ジェフ・グリーン、スーザン・ゴールドマン、ミシェル・マッコーリ、クリスタ・ムイス、ミシェル・ラニー、ヴィヴィアン・セイラニアン、アンドリュー・シュトルマンとの数多くのやりとりにも感謝している。草稿を読み、コメントをくださった方々、ティム・ケイス、ドナ・デッカー、マイク・ゴレル、ジェニファー・グリッベン、ジョアン・シナトラ・ハザウェイ、イモゲン・ヘリック、ニール・ジェイコブソン、アラナ・ケネディ、アン・キム、アナンヤ・マテオス、ビヴァリー・マッケイ、キャサリン・ニカストロ、イアン・タッカーに感謝する。本書全体へのフィードバックを与えてくれただけでなく、メリーランド大学の彼のコースで実際に活用してくれたダグ・ロンバルディには、とくに感謝している。本書の提案段階と最終原稿の両方でいただいた助言、また匿名の査読者の方々が与えてくれた時間、注意、批判的なチェックとコメントには大変感謝している。ザック、エリン、セレーネ・ホーファー=ショール、ヘレン・ヤング、キルスティン・ホーヴィング、キャロル・キャヴァナーなど、家族や友人も快くサポートや議論をしてくれた。
科学の理解の重要性に関する私たちの研究や理論構築は、エリック・コンウェイ、サラ・ゴーマン、ジャック・ゴーマン、ナオミ・クライン、ステファン・ルワンドウスキー、マイケル・マン、リー・マッキンタイア、ビル・マッキベン、クリス・ムーニー、ナオミ・オレスケス、ショーン・オットー、プリティ・シャー、ペール・エスペン・ストクネス、ニール・ドグラース・タイソンなど、多くの人々の著作や研究からインスピレーションを得てきた。本書で扱われている幅広いトピックについてのアイディアや考えは、ダン・アリエリー、フィリップ・ファーンバック、マイケル・パトリック・リンチ、トム・ニコルズ、マイケル・ヌスバウム、イーライ・パリサー、ジェニファー・ライヒ、スティーブン・スローマン、キース・スタノヴィッチ、サム・ワインバーグなどからも影響を受けている。もちろん、間違いや誤った表現があれば私たち自身の責任であり、訂正や改善に向けた指摘は喜んで受け入れる。
著者のゲイルはロスイヤー教育スクール、南カリフォルニア大学から、バーバラはミドルベリー大学、アメリカ国立科学財団、バーモント州EPSCoRから資金援助を受けた。心より感謝している。オックスフォード大学出版局のチーム、とくに編集者のジョーン・ボサートとアビー・グロス、編集助手のフィル・ヴェリノフとケイティ・プラットに感謝する。最後に、最も大事なことであるが、ゲイルよりフランクへ、いつも支えてくれてありがとう。バーバラからティムへ、気候変動と科学否定に関する取り組みや努力、これらのトピックについての尽きることのない会話、そしていつも愛のある素敵なユーモアをありがとう。
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