女性リーダーはなぜ少ないのか?
リーダーシップとジェンダー
発行日: 2024年8月10日
体裁: 四六判並製288頁
ISBN: 978-4-908736-37-7
本体: 2500円+税
内容紹介
リーダーを目指す女性が直面する障壁とは
リーダーシップとジェンダーに関する最新の研究知見から,女性リーダーが少ない現状と関連する心理的・組織的要因を解説・分析し,女性がリーダーとして活躍する組織や社会を作るための道筋を描く。
目次
第1章 日本におけるジェンダーとリーダーシップの現状
第2章 女性リーダー,女性管理職はなぜ少ないのか?
第3章 ジェンダー・ステレオタイプとその影響力
第4章 能力育成と職務におけるジェンダー
第5章 リーダーシップ・スタイルとジェンダー
第6章 女性活躍推進策の意義と効果
第7章 ダイバーシティと組織・社会
第8章 これからのリーダーシップとジェンダー
はじめに
最初に,著者の個人的体験の話から始めることをお許しいただきたい。
著者が広島大学の学部四年生であった一九八六年に,男女雇用機会均等法が施行された。この最初の男女雇用機会均等法は,事業主に募集や採用,配置や昇進に関して女性を男性と均等に取り扱う「努力義務」を課すに留まり,「ザル法」という批判を受けていた(現在は改正を重ねて「禁止」となっている)。この頃の日本社会では,男女雇用機会均等法の制定・施行に伴ってジェンダーに関する(当時はジェンダーという言葉は普及していなかったが)議論が高まっており,その論調は「女性は本当に(男性と同様に)管理職になれるのか(適しているのか)」というものであったように思える。なお,「セクシャル・ハラスメント」という言葉はまだ社会一般には認知されておらず,三年後の一九八九年の新語・流行語大賞で金賞を獲得している。一方,一九八〇年代後半には国内の心理学界でも性役割に関する研究が盛んになりつつあり,海外ではアメリカを中心にリーダーシップとジェンダーに関する研究がすでに数多く蓄積されていた。とくに,「女性とリーダーシップの迷宮」と題した論文(第2章で紹介)の著者であるアリス・イーグリーとその共同研究者たちが,ジェンダーとリーダーシップに関する諸研究のメタ分析の結果を次々に発表していた(これらの研究はおもに第5章で紹介する)。
著者が大学院に進学してリーダーシップとジェンダーの研究を始めた理由は,学校教育を体験するなかで,能力的には男女差をまったく感じなかったにもかかわらず,社会において女性のリーダーが圧倒的に少ない当時の社会状況に「素朴な」疑問を感じたからであるが,それ以上に困惑したのは著者の研究テーマに対する周囲の反応であった。男女雇用機会均等法が施行されていたため,ジェンダーに注目したリーダーシップ研究がテーマになることは理解されたものの,「女性は表に立たない(公式リーダーにならない)が,陰では実質的に影響力を発揮しているのだからとくに差別はなく問題もない」「なぜ女性がリーダーになる必要があるのか」という感想や疑問に何度も遭遇した。このような疑問を呈する人々の中には女性も相当数含まれていた。自分の素朴な疑問が,周囲にはとくに疑問と認識されていないことは,当時の著者にとっては衝撃的な体験であったことを覚えている。
当時を思い出しつつ現在の日本社会を眺めると,隔世の感がある。ジェンダーという用語が一般に浸透し,ジェンダー・バイアスが含まれたコマーシャルや出版物に対して抗議の声が殺到するようになった。共働き家庭はむしろ多数派となり,結婚・出産時期に女性の労働力率が低下するいわゆる「M字カーブ」も近年解消されつつある。女性も男性も共に育児をしながら,あるいは個人の生活を大切にしながら働くようになった。著者が大学で担当する「ジェンダー」や「ダイバーシティ」関連の授業では,受講者の半数近くを男性が占めるようになり,ジェンダー問題を自分の問題として熱心に考える人が増えたように思える。ジェンダーに関する人々の意識は変化しており,多くの人々が伝統的性役割を支持せず,性別にとらわれない生き方を望むようになりつつあるといえるだろう。
しかし,そのように人々の意識が変わるなかで,とても変化が遅い部分がある。それがリーダーシップの領域である。いわゆる指導的地位の女性は少しずつ増大しているが,その変化は非常に遅い(詳細は第1章)。リーダーシップ分野の女性比率が高まらないことに対して,おもに経済学や経営学,あるいは社会学などの観点からさまざまな研究が行われている。しかし,このテーマに関連する研究は,社会心理学または産業・組織心理学分野でも欧米を中心として豊富に蓄積されているにもかかわらず,その知見は意外に日本社会には知られていないのではないかと著者は考えていた。たとえば,著者の体験では,一九九〇年代に提唱された現代的偏見や両面価値的性差別主義(第3章)の概念は,現在,大学の授業だけでなく社会人対象の研修や講演会でも「はじめて知った」話として受け止められることが多い。リーダーシップ・スタイルやリーダーシップ有効性の男女差については,そもそも実証研究が蓄積されていることすら十分に知られていないように思える。社会心理学や産業・組織心理学分野では,これまで,ジェンダーとリーダーシップだけでなく,ステレオタイプと偏見,ポジティブ・アクションの効果,集団メンバーの多様性の効果などに関する実証研究が膨大に蓄積されてきた。これらの研究知見を日本で紹介することで,女性のリーダーシップ能力が活かされていない現状の改善に少しでも貢献できるのではないかと考えた。それが,本書を執筆するに至った動機である。
本書は,心理学を学ぶ大学生や大学院生だけでなく,ビジネスパーソン,組織におけるジェンダー問題に関心をもつ人々,男女共同参画の推進やダイバーシティ推進に携わる立場の人々,就職を検討している大学生など,幅広い読者層を想定している。日本社会における女性リーダーの少なさに関する現状の概観から始め(第1章),リーダーを目指す女性が直面しやすいさまざまな障壁について概説し(第2章),第3章では対人レベルの障壁に大きく関連するジェンダー・ステレオタイプや性差別主義について,第4章では組織レベルの障壁を構成する職務配置や人事管理制度の問題について述べた。続いて第5章ではリーダーシップとジェンダーに関する研究知見を紹介し,リーダーシップ・スタイルやリーダーシップ有効性に男女差はあるのかを考えた。第6章ではポジティブ・アクションの効果やポジティブ・アクション(とくにクオータ制)に対する人々の支持・不支持のメカニズムについて概説し,第7章では性別に限らず,多様な背景や特徴をもつ人々が尊重され,安心して活躍できる組織を作るために何に留意すべきなのかを考えた。第8章では,女性がリーダーとして活躍できる組織や社会を作るために,具体的に何に取り組めばよいのかを,ダイバーシティ&インクルージョンの観点から考察し,いくつかの提言とともに本書を締めくくった。
本書を執筆するにあたって留意したことが二点ある。一つ目は,ジェンダーに関する人々の意識は変化しつつあるため,本書で取り上げる研究,統計資料,および調査報告書等は,できるだけ最近出版されたものに限るようにしたことである。もっとも,数十年前の研究にも現在の社会にとって重要な示唆を含む場合があるため,そのような研究は積極的に取り上げている。二つ目は,日本における実証研究をできるだけ含めるようにしたことである。ジェンダーとリーダーシップ,ダイバーシティ&インクルージョンに関する研究はアメリカを中心として蓄積されているため,本書で紹介する研究知見はそれが中心とならざるをえないが,日本において関連する実証研究がある場合は,心理学分野の研究に限らずできるだけ紹介するようにした。ただし,どうしても日本における実証研究を見つけることができないこともあった。そのようなテーマについては,日本における実証研究の進展が望まれるところであり,著者自身も研究に取り組む必要性を感じている。
先行研究には企業組織におけるリーダーシップや管理職を取り上げたものが多いことから,本書が紹介する研究知見も企業組織を想定したものが中心となっている。そのため,政治分野や教育分野におけるジェンダーとリーダーシップに興味をもつ人にはやや物足りない内容となっているかもしれない。しかし,ジェンダー・ステレオタイプの仕組みなど,人の心理や行動には組織の種類や分野を問わず共通した点も多いことから,そのような読者にも有益な情報を提供できる部分は十分にあると考えている。
本書の企画をいただいたとき,日々の仕事を何とかこなすことで手一杯の著者が,はたして単著を執筆できるだろうかという不安と,これは社会心理学者の端くれとして社会に対する役割を果たすチャンスだと飛びつきたい気持ちの両方があり,最終的には後者が勝った。しかし,本来遅筆であるうえに最新の研究知見にこだわったため,大量の論文や統計資料を読み進めながらの執筆となり,当初の出版計画を一年半もオーバーすることになってしまった。原稿に的確なコメントを加えつつ,辛抱強く著者におつき合いいただいた株式会社ちとせプレスの櫻井堂雄氏には,この場を借りて心からの感謝を申し上げたい。
関連イベント
2024年8月30日(金)に、刊行を記念してマルジナリア書店(東京、分倍河原)にてトークイベントを行いました。
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