弁当と偏見と私

『なぜ人は困った考えや行動にとらわれるのか?――存在脅威管理理論から読み解く人間と社会』の出版に寄せて

あなたは,家事・育児を「女性がするもの」と思いますか,それとも「男性がするもの」「男性・女性に関わりなくするもの」と思いますか。社会心理学が専門で,存在脅威管理理論から人間と社会を読み解く『なぜ人は困った考えや行動にとらわれるのか?』を刊行した脇本竜太郎専任講師に,根強く残るジェンダー・ステレオタイプについて解説していただきました。

脇本竜太郎(わきもと・りゅうたろう):明治大学情報コミュニケーション学部専任講師。『なぜ人は困った考えや行動にとらわれるのか?』(ちとせプレス,2019年)を刊行。

先日,子どもが通う保育園で遠足がありました。遠足といえば弁当がつきものです。せっかくなのでかわいい弁当を作りたいと思い,しばらく「保育園 遠足 おべんとう」というキーワードで画像検索し,よさそうなものを見つけたらレシピを調べるということを仕事の合間に続けていました。実に創意工夫に富んでいてため息ができるようなものがたくさんありました。恥ずかしながら,卵焼きは斜めに切ってから一方を反転させてハートの形に盛りつけるのが定番であるらしいことを,40年生きてきて初めて学びました。そうして集めた情報を元に,最終的には我が家にある道具と私の技術でできるものを選んで弁当の献立を組み立てました。先人の知恵や先行事例を調べて手持ちの資源で実現可能なプランを作って実行する,というのは研究と同じだなと思いました。当日は朝の4時30分に起きて研究計画を実行に移しました。我ながら,なかなか良い研究成果があげられたと自負しています(もちろん,出汁巻き卵はハートの形です)。

さて,作った弁当を持って妻と一緒に我が子を保育園に送って行ったときのことです。園の玄関を入ると,園長先生が笑顔で迎えに出てきてくれました。そして,開口一番言ったのです。この場面では言ってはいけないことを。

「まぁ~,お母さん,今日はお弁当のご準備ありがとうございます」

子どもが生まれてからというもの,何度も経験していることです。育児は女性がするものであるだとか,女性のほうが育児に向いているだという思い込み,つまりジェンダー・ステレオタイプは根強いのだなあ,ということを実感しています。

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なぜジェンダー・ステレオタイプはなくならないのか

ジェンダー・ステレオタイプは現代社会に合わないはずの考え方です。ジェンダー格差の解消や男女共同参画の実現は重要な政治的課題に位置づけられています。また,ジェンダー・ステレオタイプは「男性が仕事をし,女性が家庭を守る」という性役割分業に結びつきますが,経済が停滞して労働者が十分な収入を得ることが難しい現在日本においては,ごく一部の経済的に恵まれた人にしか実現できないもののように思われます。女性が家事や育児や家事に向いているから分業は当然だ,という人がいますが,それはジェンダーについての偏見の結果男性の経験値が不足した結果であって,偏見を正当化する根拠になるものではありません。育児についても母乳をあげること以外は男性にもできます。政治的課題に対立していて,しかも多くの市民にとって実現が難しいような内容を含む旧態依然としたジェンダー・ステレオタイプが,それでも残り続けてしまうのはなぜでしょうか。

ステレオタイプやそれに基づく偏見・差別がなぜなくならないのかという問題は,社会心理学領域においてもとても盛んに議論と研究がなされてきており,さまざまな説明が考えられています。下に,いくつか代表的なものをまとめます。

①認知的処理能力の限界からの説明

我々はさまざまな情報を処理して社会的判断を下しながら日々を生きています。しかしながら,人間の認知的処理能力には限りがあるので,すべての情報を入念に吟味することは不可能です。また,他人と接するときには,短い時間で判断をしなければならないことがほとんどです。そのようなとき,ステレオタイプは我々の情報処理を助けてくれます。人物について判断するときに,相手の特徴から社会的カテゴリ(性別や人種,職業などの社会的な区分)を推測し,その社会的カテゴリに所属する人が典型的にもっていると当人が信じている特徴をあてはめることで,相手の情報を逐一処理する労力を節約し,また迅速に判断することができるのです。我々の認知的能力が限られているために,不正確であってもステレオタイプに頼らざるをえない,ということです。そして,性別は外見から判断しやすい部類の社会的カテゴリですので,ジェンダー・ステレオタイプは利用しやすいわけです。

②知識構造の影響

人間の知識は一定の構造をもって頭の中に蓄えられています。知識が構造化されることは,単に知識同士が結びついているという以上の意味をもちます。それは,構造化された知識が,その後得られる情報の処理に影響を与えるからです。どのような影響かというと,知識の構造に一致するような情報の処理を促進するという働きです。

ジェンダー・ステレオタイプも,社会的カテゴリについての知識と特性や行動の知識が結びついた(e.g., 女性―家事をする,など),構造化された知識です。そのため,ステレオタイプに一致する情報にはより注意が向きやすくなり,またより記憶されるようになります。また,ステレオタイプに一致しない情報は例外として処理されてしまいます。たとえば,家事をよくする男性がいたとして,「あの人は仕事が暇だから家事や育児をやっているんだよ」というふうに見なされてしまうのです(なお,大学教員が暇であるというのもステレオタイプであり,不正確です)。このような過程を経て,ステレオタイプは維持されてしまうのです。

③自尊感情希求

①と②は認知的処理からの説明なのですが,人間の思考や行動は動機(人間の行動を特定の方向に向かわせるもの)という概念を設定したほうがよく説明できると考えられています。動機にはさまざまなものがありますが,人間の行動に大きな影響を及ぼすものの1つが自己高揚動機(人を,自己価値を高めるような情報への選択的注意や接触に駆り立てる動機)です。簡単に言い換えれば,自尊感情を高める行動に向かわせる動機です。

偏見や差別は,外集団のメンバーを否定的に評価してそれとの対比で自分が所属する集団(とのそのメンバーである自分)を肯定的に評価する働きをもつと考えられています。つまり,自尊感情を獲得する手段になりうるということです。実際に,自己評価が傷ついて自尊感情を高める必要が生じているときに,異なる人種への偏見が強まることが報告されています(1)。女性に対するステレオタイプについても,肯定的な内容であるにしろ否定的な内容であるにしろ男性が高い社会的地位を占めることを正当化するものであることが指摘されています(2)

④“伝統的”なものへの憧憬

男性が外で仕事をし,女性が家で家事と育児を担当するのが望ましいという性役割観を,“伝統的”性役割観と呼ぶことがあります。あえて“伝統的”と書いているのは,それが実際には伝統的なものではなく,第二次大戦後のごく短い期間に都合のよかったあり方にすぎないことを強調するためです。伝統的という言葉はしばしば恣意的に用いられていて,どの時期のことを指しているのか,またどのくらい続けば伝統的と言いうるのかがはっきりしません。しかし,人間は“伝統的である”と言うことで特定の物事を正当化しようとすることがありますし,また伝統的と言われることでそれを納得してしまうことがあります。

“伝統的”性役割観が通用していたのは,高齢者が生まれ育った時代です。そのような人々にとって,性役割分業は自分が慣れ親しんだ価値観ということになります。自分が慣れ親しんだものをわざわざ変えようと思う人は少数派でしょうし,それを他人から否定されるのも気持ちがよいことではないでしょう。また,政治家や企業の経営者といった社会的地位の高い人物に高齢者が多いので,性役割分業を否定するような制度改革は行われにくくなってしまいます。

上述のものは高齢者のみに該当する話ですが,より広い世代にあてはめることのできる説明もあります。我々は,自分が直接経験した物事のみならず,昔のものだと知識として知っている物事にもなつかしさを感じます。前者は個人的ノスタルジア,後者は歴史的ノスタルジアと呼ばれます。そして,なつかしいという感情は,肯定的な気分や自尊感情をもたらしたり,人とのつながりを思い出させたりといった肯定的な影響をもっています(3)。また,なつかしさを感じさせる対象は肯定的に評価されます(4)。これらのことが“伝統的”性役割分業の肯定的評価につながっている可能性があります(そうだとすれば“伝統的”性役割観という用語を使っている研究者にも責任の一端があることになりますが……)。

⑤他人に合わせておきたい,という欲求

我々は集団から逸脱したくない,他人とつながっていたいという動機をもっています。そのような動機が活性化していると,コミュニケーション場面において,その場面にいる皆が知っているであろうと思われる情報への言及が多くなることが知られています。ほかの人と違うことを言って変に目立ったり,場を乱すようなことをしたりするのを嫌う,ということです。

そして,ステレオタイプはある程度集団内で共有されているものなので,前述の「皆が知っているであろうと思われる情報」に該当します。そのため,コミュニケーション場面で持ち出されがちになってしまうのです。さらに,対人的調和を重視する東洋文化圏では,そうすることがデフォルト(標準的な方略)であるという指摘もあります(5)。居酒屋などに行くと男女に関するしょうもない偏見を披露して盛り上がっている集団を見かけることがありますが,あれはお酒のせいではなくて,逸脱したくないと必死になっているせいなのかもしれません。

動機からの説明を統合する――グランドセオリーの1つとしての存在脅威管理理論

歴史を紐解いてみると,認知心理学の影響を受けて個人の情報処理過程が関心の中心になって以降の社会心理学の研究は,特定の行動に限定した小理論が乱立するような状態でした。ここまで見てきたように,ジェンダー・ステレオタイプやそれに基づく偏見だけでも,前述のようにさまざまな説明があります(紹介したものも一部にすぎません)。人間の行動に影響しうる要因は数えきれないほどあるので,そのこと自体は自然なことです。一方で,できるだけ多くの要因や説明理論を包含するような,大きな枠組みを考えることは,知的好奇心を刺激する興味深い課題です。1990年代前後から,そのような大きな枠組み(グランドセオリー)を構築しようという動きが出てきました。

筆者が最近刊行した『なぜ人は困った考えや行動にとらわれるのか?――存在脅威管理理論から読み解く人間と社会』(6)の枠組みとなっている存在脅威管理理論も,そのようなグランドセオリーの1つです。存在脅威管理理論は,ジェンダー・ステレオタイプに関する説明の③から⑤で紹介したものを含むさまざまな動機を,究極的には存在論的恐怖(自分の死が不可避であるという認識から生じる恐怖)への対処という観点から説明しようとする理論です。端的に言ってしまえば,自尊感情や文化的世界観や他者とのつながりが,死が不可避であるという認識から生じる恐怖(存在論的恐怖)への対処に関わっている,ということです。死という言葉からオカルト的な響きを感じる方も多いと思うのですが,もともとは死がどのように語られ,意味づけられるかという文化人類学の研究知見があり,それを実験社会心理学の枠組みにもってきたものになります。

存在脅威管理理論はグランドセオリーを目指したものですので,その研究は多岐にわたります。『なぜ人は困った考えや行動にとらわれるのか?』ではそのうち,とくに我々の日常に関係していて,我々の自由や幸福を邪魔してしまうような困った考えや行動について取り上げ,存在脅威管理理論から読み解くことを試みました。一般の方にも読みやすいように,各トピックに関連する出来事やエピソードを紹介するよう努めました。

存在脅威管理理論自体はグランドセオリーの候補の1つにすぎません。たとえば,他のグランドセオリーには不確実さを嫌う傾向や意味の希求という観点から人間の行動を説明しようとするものもあります。また,道具的適応という観点から社会的行動や動機についての説明する生態学的アプローチもあります。そのような他の理論なども参照しながら,相対化して読んでいただければと思います。また,心理学領域全体で,研究知見の再現性が低いことが問題視されてもいます。重要な研究については手続きをくわしく説明するよう心がけましたので,自分自身で検証するつもりで読んでいただければと思います。書かれている内容に肯くにしろ反発するにしろ,1つの枠組みからさまざまな社会的行動の説明を試みることの楽しさや面白さを感じていただければと思います。

文献・注

(1) Fein, S., & Spencer, S. J. (1997). Prejudice as self-image maintenance: Affirming the self through derogating others. Journal of Personality and Social Psychology, 73(1), 31-44.

(2) Glick, P., & Fiske, S. T. (2001). An ambivalent alliance: Hostile and benevolent sexism as complementary justifications for gender inequality. American Psychologist, 56, 109-118.

(3) Wildschut, T., Sedikides, C., Arndt, J., & Routledge, C. (2006). Nostalgia: Content, triggers, functions. Journal of Personality and Social Psychology, 91, 975-993.

(4) 松田憲 (2014).「なつかしいものがなぜ好きになるのか?」楠見孝編著,日本心理学会監修『なつかしさの心理学――思い出と感情』心理学叢書,誠信書房,pp. 81-97.

(5) Yeung, V. W. L., & Kashima, Y. (2012). Culture and stereotype communication: Are people from Eastern cultures more stereotypical in communication? Journal of Cross-Cultural Psychology, 43, 446-463.

(6) 脇本竜太郎 (2019).『なぜ人は困った考えや行動にとらわれるのか?――存在脅威管理理論から読み解く人間と社会』ちとせプレス

人々の分断や対立,人生の不自由さや息苦しさはどこから生まれるのか? 「いつか訪れる死への恐怖」に対する人間の心的防衛メカニズムから,人間と社会に広がる生きづらさを読み解く。