『子どもの話を聴く――司法面接の科学と技法』刊行!

訳者あとがきより

児童相談所職員や捜査官,心理職などが,事件に巻き込まれた子どもから話(供述)を聴き取ることがあります。しかし,子どもの話を適切に聴き取ることは,大人からの聴き取りよりも難しいところがあります。司法場面における子どもの供述から信頼性の高い情報を得る司法面接の科学と技法を解説した『子どもの話を聴く』を翻訳した仲真紀子先生による紹介です。(編集部)

仲真紀子(なか・まきこ):立命館大学OIC総合研究機構教授,北海道大学名誉教授,理化学研究所理事。『子どもの話を聴く――司法面接の科学と技法』(ちとせプレス,2022年)の翻訳を担当。

司法面接(investigative interviews, forensic interviews)とは,虐待や犯罪被害にあったとされる供述弱者,すなわち未成年者や障害のある人から,何があったかという事実に関する情報を,できるだけ正確に負担なく聴取することを目指す面接法である。

被害児,被害者から話を聴くのは容易ではない。年齢や障害による制約だけでなく,恥ずかしい,罪悪感,家族に迷惑をかける,脅されている等の理由から話をしないということもある。面接者がWH質問やクローズド質問による一問一答で回答を求めたり,「……されたんだね」と仮説を押しつけたりすれば,被面接者の言葉を正確に聴き取ることができない。また,面接を繰り返せば,精神的な二次被害が生じることになる。このようなことから,欧米では1990年代頃より,正確性と精神的負担を重視した司法面接の方法が開発されてきた。

司法面接の特徴を端的にまとめるとすれば,次の2つである。第1に,多くの誘導や暗示が「触られたの?」などの具体的な文言を含む質問によって伝えられるため,司法面接ではオープン質問(「何があったか話してください」「そして,それで?」「そのことをもっと話して」等)を用い,被面接者本人の言葉(自由報告)を引き出すことを目指す。第2に,自由報告を最大限引き出せるように,面接が挨拶やラポール形成(話しやすい関係性の構築),面接での約束事,思い出して話す練習などを含む,緩やかな形で構造化されている。

本書(Interviewing Children: The Science of Conversation in Forensic Contexts)は,こういった司法面接を支える科学的なエビデンスと実践上の留意点を,特にコミュニケーションの観点から論じたガイドラインである。著者のデブラ・プール博士は子どもの認知発達を専門とする心理学者であり,子どもや親を対象とした研究を数多く行ってきた。オープン質問の効果,質問を繰り返すことの影響,偽りの記憶,小道具(身体図やドール)の影響,親からの事前の聴き取りの影響,開示に関わる要因等の多岐にわたるトピックについて,「ミスター・サイエンス」を用いた実験などを通し(子どもはミスター・サイエンスやバイキン刑事とともにさまざまな体験をし,暗示のある条件やない条件でこの出来事を思い出すよう求められる),面接の推奨事項や注意事項を支えるエビデンスを示してきた。

ここで,日本での司法面接の利用,現状についても述べておきたい。司法面接の方法は2000年代に,まずは児童相談所で,そして2010年代に入ってからは取調べの可視化の流れとともに警察,検察でも用いられるようになった(児童相談所では被害確認面接,警察では被害児童からの客観的聴取技法,検察では司法面接などと呼ばれる)。従来,被害の疑いのある子どもは児童相談所,警察,そして検察でと繰り返し面接を受けることが多かった。しかし,面接を繰り返すことは児童の精神的負担や供述の信頼性という観点から望ましくない。このことから2015年10月,厚生労働省,警察庁,最高検察庁は,児童相談所,警察,検察が連携して司法面接を行う取り組みを開始した。これを協同面接,代表者聴取という。法務省の資料によれば,2015年以降,協同面接の件数は増加し,2019年4月1日~12月31日では全国で1600余の面接が,主として3,4歳~18歳未満の子どもに対して行われている(1)。司法面接に関する知識やスキルは,ますます重要になってきているといえるだろう。

翻訳を行ったのは司法面接研究会(法と心理学,認知心理学,発達心理学,臨床心理学等の研究者の集まりで,司法面接や実務に関わる知識をもち,司法面接研修を行っている者もいる(2))の有志である。私たちは日本科学技術振興機構(JST/RISTEX)のプロジェクト「犯罪から子どもを守る司法面接法の開発と訓練」(2008~2012年度),文部科学省新学術領域「法と人間科学」の計画研究「子どもへの司法面接―改善その評価」(2011~2015年度),日本科学技術振興機構のプロジェクト「多専門連携による司法面接の実施を推進する研究」(2015~2019年度(3))において,司法面接の基礎研究や司法面接の研修プログラムの開発に携わってきた。プロジェクトは2019年度で終了し,成果はいくつかの事業に引き継がれている。本書の翻訳を行った司法面接研究会のほか,立命館大学司法面接研修事業(児童相談所,警察,検察等の専門家に対し,本書にも言及のあるNICHDプロトコルに基づく研修を提供している(4)),司法面接トレーナーの会(司法面接のトレーニング研修を受けた実務家を中心とする研究会),司法面接支援室(司法面接関連の資料を提示している(5))などである。翻訳にあたっては,勉強会を重ね,訳した章を交換しながらチェックを行い,最後に筆者が全体の統一を図った。

本書を読み翻訳するなかで印象深かったこととして,日本では面接を繰り返すことによる精神的負担が強調されることが多いが,本書ではそれは当然のこととされ,その上で,子どもの安全を守り,事件を解決/予防するために正確な情報を得ることが強調されている。特に,事案や子どもの状況等に応じて標準的な面接を調整することや,事件化のみならず福祉的な観点からも子どもの安全を守れるように,周到に,曖昧さの少ない情報を得ることの重要性が述べられている。また,世界で広く用いられている多数のプロトコル―日本でも使用されているNICHDプロトコルの他,英国の「よき実践のためのメモ(6)」やその後継である「最良の証拠を得るために」,ユーイ教授らによるステップワイズ面接,ライオン教授によるテンステップ,プール教授が策定に携わった州のプロトコル等々―を振り返り,地域に特化しているか一般的か,科学的な知見を重視しているか,実務家によりつくり出されてきたかという観点から整理していることも,司法面接を理解するうえで有用だと感じた。

司法面接の研修を行ううえで心強く思ったこととして,―もともと私たちがプール博士らの知見を踏まえて研究を進めてきたこと,司法面接の研究は広く研究者コミュニティで共有され循環していることにもよるが―本書の推奨事項は,私たちが司法面接研修で強調していることと合致する,ということがある。言語,文化,法のシステムが異なっても,子どもから話を聴くためのエッセンスは共通であることをあらためて認識することができた。

本書は,児童相談所,警察,検察の実務家のみならず,教育場面でのいじめや違反行為やさまざまな場面での事故の調査,家事事件における事実の調査に関しても多くの示唆を与えてくれる。家庭や職場で話を聴くときも,「うんうん,聴いてるよ」という聴き手の態度は,子どもやパートナーや同僚の話をよりよく理解する鍵となるだろう。本書の知見を広くいろいろな場面で役立てていただくとともに,司法面接の研究がさらに活性化することを望むところである。

司法面接研究会を代表して

仲真紀子

文献・注

(1) http://www.moj.go.jp/content/001331469.pdf

(2) https://japan-forensic-interview.jimdosite.com

(3) https://www.jst.go.jp/ristex/pp/project/h30_2.html

(4) http://www.ritsumei.ac.jp/research/forensic/

(5) https://forensic-interviews.jp

(6) 英国内務省英国保健省,仲真紀子・田中周子訳 (2007).『子どもの司法面接―ビデオ録画面接のためのガイドライン』誠信書房



9784908736253

デブラ・A. プール 著/司法面接研究会 訳
ちとせプレス(2022/6/10)

司法場面における子どもの供述から,どのように信頼性の高い情報を得るのか。会話と認知能力の発達に関する科学的知見を踏まえ,習得すべき司法面接のスキル(技法)を丁寧に解説し,よりよい実践を行うための指針を提示する。


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