自分を受け入れてくれる他者の視点に立って自分自身を見ると,自己肯定感が高まるのか

『パーソナリティ研究』内容紹介

自分をどう見るかが精神的健康に影響するという知見があります。過去のネガティブな出来事について筆記開示を行った後で,受容的な他者の視点から自分自身や過去のネガティブな出来事を評価することが,自己概念や精神的健康にどのような影響を与えるのかが検討されました。(編集部)

足立英彦(あだち ひでひこ):植草学園大学発達教育学部准教授。→ウェブサイト

自分をどう見るかが精神的健康に影響する

私たちは,「自分はおしゃべりだ」とか「自分は人づき合いが苦手なほうだ」など,「自分はどんな人なのか」についてのイメージや知識をもっています。これらのイメージや知識の全体を「自己概念」といいます。どのような自己概念をもつかが,私たちの精神的健康に大きな影響を与えると考えられています。たとえば,自分自身を受け入れている度合いである「自己受容」は,自己概念の一部です。この自己受容が高いほど,抑うつ状態になりにくいとされており,自己を肯定的に受け入れられることが精神的な健康を維持・向上させるうえで重要な役割を果たしていると考えられます。抑うつを予防したり,精神的健康を維持したりするために,自己概念を改善させることが役立つと考えられます。

自己概念の成り立ちと改善方法

自己概念は,過去の出来事の記憶とつながりがあるといわれています。たとえば,友人関係で適切な発言や行動ができなかった記憶を何度も思い出すうちに,「自分は人づき合いが苦手だ」という自己理解が形作られ,自己概念の一部として定着していくというプロセスを想定することができます。自己概念は,数多くの過去の出来事の記憶が集約されて作られてきたものではないかと考えることができます。否定的な自己概念を改善するためには,過去のネガティブな記憶を鮮明に思い出し,詳細に吟味し直すことが役立つとカウンセリングの研究者が指摘しています。過去のネガティブな体験の記憶を思い出し,じっくりと見直し,評価し直すことが,自己概念の改善につながる可能性があります。過去の記憶をとらえ直すためのよい方法の1つが,カウンセリングのように過去の出来事やそのときの気持ちを他者に話して聴いてもらうことです。しかし,自己嫌悪や自己否定が強く,自己肯定感が低い人にとって,過去のネガティブな体験を人に話すことは,強い抵抗感をもたらす可能性もあり,容易ではありません。そこで,人に知られずに過去の記憶を振り返る方法として,筆記開示というものを活用する方法が考えられます。

筆記開示と,その修正版

筆記開示とは,過去のネガティブな出来事について,4日間にわたって毎日文章に書くというもので,身体的健康や精神的健康が改善する効果が報告されています。また,筆記開示を行った後で,自分自身に対して優しく思いやりのある言葉をかける「自己への思いやり筆記」という方法によって,抑うつ軽減効果を高めた例が報告されています。

さらに,自己否定的な人の場合は,自分で自分にあたたかい言葉をかけるよりも,自分を受け入れてくれる他者(以下の文中ではこのような人物のことを受容的他者と呼びます)の視点に立って,自分自身や過去の出来事を評価するほうが効果的である可能性が指摘されています。このように他者の視点に立って考えることは,「視点取得」と呼ばれています。自分自身に対して厳しい目を向けがちな人でも,他者の目を通すことで,自己受容や自己評価が改善されるという効果が期待されるのです。

本研究の目的と実験内容

今回の研究は,筆記開示を行った後で,受容的他者の視点取得をして自分自身や過去のネガティブな出来事を評価することが,自己概念や精神的健康にどのような影響を与えるのかを明らかにすることを目的としました。

本研究では196名の大学生を3つのグループに分け,以下のようにそれぞれ異なる作業を行ってもらいました。

視点取得群:過去の失敗体験について文章を書いた後,受容的他者の視点に立ってその出来事や自分を評価する質問に答えました。

手紙群:受容的な他者に宛てて,過去の失敗体験について伝える手紙を書いた後で,その他者になりきって自分自身への返事(の手紙)を書きました。

筆記群:たんに失敗体験について文章を書くという筆記開示を1回だけ行い,他者の視点取得は行いませんでした。

受容的他者の視点取得がもたらす効果

結果として,視点取得群と手紙群の参加者では,実験が終わった直後に,文章の題材とした失敗体験に対するとらえ方が肯定的な方向へと変化しました。また,実験の1週間後の時点で自己受容と精神的健康において改善が見られました。それに対して,筆記群の参加者はこのような改善が見られませんでした。

この研究の結果は,自己受容や精神的健康の改善には,過去の否定的な出来事をただ思い出して文章を書くだけでなく,それを受容的他者の視点から評価し直すことが重要であることを示しています。受容的な他者の視点を取り入れることで,自分自身をより優しく受け入れることができるようになり,自己概念が改善される可能性があります。

論文

足立英彦・外島裕 (2024).「受容的他者の視点取得を伴う筆記開示が自己受容と精神的健康に与える影響」『パーソナリティ研究』33(2), 109-118.