仕事に特化した先延ばし傾向を測定する日本語版尺度の開発
『パーソナリティ研究』内容紹介
Posted by Chitose Press | On 2024年09月18日 | In サイナビ!, パーソナリティ研究やらなければならない仕事があるはずなのに,重要なタスクを後まわしにしてしまったり,スマホをさわってしまったり……。ほとんどの人には,多かれ少なかれそうした経験があるのではないでしょうか。今回,仕事における「先延ばし」に関する心理尺度の日本語版を作成する研究が行われました。(編集部)
黒住 嶺(くろずみ りょう):株式会社ビジネスリサーチラボ フェロー。→コーポレートサイト →著者紹介ページ
仕事の先延ばしとは
今回の研究では,仕事における「先延ばし(procrastination)」の度合いを測定するための新しい心理尺度を開発しました。先延ばしとは,業務とは無関係な活動に従事することで,業務に関連する活動を遅らせる現象です。その中には,別の活動へ実際に手をつけているという行動的なケースだけでなく,手元の業務と異なることを考えるという認知的なケースも含まれます。
仕事の先延ばしには,「怠業(Soldiering)」と「サイバースラッキング(Cyberslacking)」という2つの下位分類があります。怠業とは,仕事ではない作業を行うことで,業務の進行を妨げる行為です。たとえば,重要なタスクを後まわしにして,優先度の低い雑務に手をつけるといった行動がこれに該当します。一方,サイバースラッキングとは,勤務時間中にインターネットやモバイル端末を私的な目的で使用する行為を指します。具体例としては,私的な目的でSNSを利用したり,ネットショッピングを行うといったものです。
仕事の先延ばしは,さまざまな職種の従業員に生じていることが確認されています。また,結果的に業務の生産性が低下したり,職場に悪影響を及ぼす可能性があるため,企業にとっては無視できない問題といえます。
先延ばしの特徴
仕事の先延ばしに注目した今回の研究の背景として,注目すべきポイントが2つあります。1つは,先延ばしをする当人は,職場の同僚や上司あるいは職場に対して,害を与える意図がないことです。たしかに,着手が遅れることの悪影響は確認されていますが,本人がそれを望んでいるわけではないのです。むしろ,着手しようとしている仕事への退屈や難しさなどの否定的な感情が引き金であり,周囲からは,罰則よりも支援が必要な現象なのです。
もう1つのポイントは,同じ人であっても,着手しようとしている活動が仕事かそれ以外なのかによって,先延ばしの程度が異なることです。たとえば,仕事や学業以外にも,健康管理のための活動,家庭のこと,自分の趣味などについても先延ばしが生じます。そこで,とくに「仕事」という領域に焦点化して,その先延ばしがどの程度生じやすいかという個人差を測定することができれば,その原因を調べたり,効果的な対策を講じるうえで,より精度が高い検討につながります。
今回の研究成果と今後の展望
上記の背景に対して,本邦にはこれまで,仕事に関する先延ばし傾向を測定するための専用の心理尺度がありませんでした。そこで,今回の研究では,海外で開発されたものを翻訳することで,日本語版Procrastination at Work Scale(PAWS-J)を作成することにしました。研究の結果,PAWS-Jは,元の尺度と同様に,怠業とサイバースラッキングという2つの下位因子に基づいて測定することが妥当であることが確認されました。
今後の研究案としては,仕事の先延ばしがなぜ生じるのか,その背景にある心理的・環境的要因を探ることが挙げられます。とくに,制度や対人関係などの職場環境が先延ばしに与える影響については,くわしい調査が必要です。その理由は,先延ばしという行動が,従業員に責任がある問題行動だと捉えられている実態が予想されるためです。
上述のように,先延ばしをする本人は,周囲に迷惑をかけようとしているわけではありません。しかし,いわゆる「サボり」と捉えられて,企業側から従業員へ罰則を与えるような施策がなされると,むしろ仕事に関するプレッシャーが増加し,先延ばし行動も増えるという,逆効果を招くリスクがあります。したがって今後は,職場環境の影響や,それを改善することの効果を検討し,従業員が意欲的に仕事へ取り組めることで,先延ばしを予防するアプローチを模索するよう,研究を発展させていきたいと考えています。
論文
黒住嶺・伊達洋駆 (2024).「日本語版仕事の先延ばし尺度の作成」『パーソナリティ研究』33(2), 100-102.