回答データから回答の癖や比較対象の違いの影響を取り除くより良い方法

『パーソナリティ研究』内容紹介

質問紙調査において,個々の人の回答の癖や比較対象の違いがある場合に,どうすれば適切な回答を得ることができるでしょうか。回答の癖や比較対象の違いによる影響を取り除くために用いられる係留ビネット法について,これまでの「個別呈示法」ではなく「同時呈示法」を実施し,その効果が検討されました。(編集部)

清水友貴(しみず・ゆうき):名古屋大学大学院教育発達科学研究科博士後期課程2年,日本学術振興会特別研究員。

質問紙を用いた心の測定とその課題

心理学では心を測るために質問紙を用いることがよくあります。例えば,人々がどの程度外向的か知りたいならば,「話好き」・「社交的」といった項目を用意し,その項目が自分にあてはまる程度を「1. まったくあてはまらない」~「5. 非常にあてはまる」から数字で一つ選んでもらいます。項目への回答に回答者の外向性が反映されているならば,質問紙を用いて回答者の外向性を測定することが可能です。

質問紙調査は便利な手法ですが,課題もあります。その一つに,回答の比較可能性の問題があります。これは,AさんとBさんが同じ選択枝を回答しているのに2人の外向性の程度は異なっている,あるいは異なる選択枝を回答しているのに2人の外向性の程度は同じである,という状況で生じます。この問題を引き起こす要因として,回答の癖や比較対象の違いが知られています。回答の癖とは,項目の内容とは関係なく極端な選択枝や中間の選択枝を選ぶ傾向です。比較対象の違いとは,回答する際に比較する対象が異なることを指します。例えば,AさんとBさんの外向性の程度が同じであっても,Aさんの友人には無口な人が多くBさんの友人にはおしゃべりな人が多い場合,2人の「話好き」・「社交的」などの項目への回答は異なることが予想されます。このような回答の癖や比較対象の違いは,質問紙による測定の妥当性を脅かします。

よりよい比較のための係留ビネット法の開発

質問紙の回答には,測定したい心理特性(外向性など)の程度と回答の癖や比較対象の違いによる影響が混在しています。そこで,これらの影響を取り除くために「係留ビネット法」という手法が開発されました。係留ビネット法では,回答者は自分の他に複数の仮想人物を描写した文章(ビネット)を読み,その仮想人物についても項目に回答します。例えば,外向性を測定したい場合,おしゃべりで積極的な仮想人物Xのビネット,そこそこ社交的な仮想人物Yのビネット,人嫌いで外出しない仮想人物Zのビネット,などの外向性が高・中・低と判断されるようなビネットを用意します。回答者は自分自身について「話好き」・「社交的」などの項目に回答することに加え,これらの仮想人物についても同じ項目に回答します。

係留ビネット法で得られるデータは,回答者自身についての回答と仮想人物についての回答です。自身への回答と仮想人物への回答の両方に回答の癖や比較対象の違いが同じように影響するならば,自身の回答と仮想人物の外向性の程度についての順序は保たれ,その比較は適切といえます。そして,仮想人物の外向性の程度を回答者全員が同様に判断するならば,仮想人物への回答を基準にして,回答者間の適切な比較を行うことができます。具体的には,Aさんの自分自身と仮想人物への回答が「仮想人物<Aさん」であり,Bさんの自分自身と仮想人物への回答が「Bさん<仮想人物」の場合,「Bさん<Aさん」というようにより適切な比較が可能になります(図1)。

図1 係留ビネット法を用いたときの質問紙の回答の比較

従来の係留ビネット法の課題

これまでの係留ビネット法では,仮想人物ごとに回答を求めていました(論文中では「個別呈示法」と呼んでいます)。つまり,回答者はある一人の仮想人物についてのビネットを読み,「話好き」などの項目について回答した後,次の仮想人物についてのビネットを読み,同様に項目について回答する,という流れになります。しかし,このように一人ずつ仮想人物を呈示して回答を求める方法では,仮想人物について不適切な回答を行う可能性があります。例えば,外向性が中程度の仮想人物Yが先に呈示され「5. 非常にあてはまる」を選択すると,その後に外向性の高い仮想人物Xが呈示されても仮想人物Yより大きい回答を選択することができません。また,前の仮想人物への回答を忘れてしまうと,外向性の高い仮想人物Xよりも外向性の中程度な仮想人物Yをより「話好き」だと回答してしまうかもしれません。このように仮想人物へ不適切な回答を行うと,それに基づく回答者の比較も不適切なものになってしまいます。

本研究の提案と今後の展望

私たちは,従来の仮想人物の呈示法では上記のような不適切な回答が生じやすいと考え,新たな呈示法として「同時呈示法」を提案しました。同時呈示法では項目ごとに仮想人物についてのビネットを全て呈示し,回答を求めます。回答者は「話好き」などの項目に回答するたびに全てのビネットを読むことができるため,仮想人物への不適切な回答が少なくなることが期待されます。そして実験の結果,仮想人物への不適切な回答の割合は,同時呈示法が従来の呈示法よりも少ないことが示されました。この結果は全ての項目において見られ,頑健性の高いものでした。一方,仮想人物への不適切な回答の割合が減ることで,回答者間の比較の適切さがどの程度向上するかについては本研究では検討できていません。係留ビネット法をより活用するためにも,基礎的知見をこれからも積み重ねていく必要があるといえます。

論文

清水友貴・上田皐介 (2024).「事前登録研究:同時呈示式係留ビネット法の提案――ビネット中の人物への不適当評定を減らす試み」『パーソナリティ研究』33(1), 42-45.