コロナの時代の愛

行動的QOLと正の強化から考える

コロナ禍は私たちの生活環境や行動を,そして家族や親しい人との関係をどのように変えたのか。そこではどのような学習が行われてきたのか。学習心理学者が行動的QOLと正の強化の視点から考える、コロナの時代の愛のカタチ。(編集部)

澤幸祐(さわ・こうすけ):専修大学人間科学部教授。『私たちは学習している――行動と環境の統一的理解に向けて』(ちとせプレス,2021年)を刊行。

このたび,ちとせプレスから『私たちは学習している』(1)という本を出しました,専修大学の澤幸祐です。よろしくお願いします。専門は学習心理学です。この本は書くのに異常に時間がかかってしまい,出版社には多大なご迷惑をおかけしました。いやほんとによく出たなというのが正直なところです。ほんとすみません……。

執筆中にはいろいろなことがありました。もちろん最大の出来事はコロナ禍です。ここであれこれと話す必要もなく,我々の日常は一変しました。僕の働いている大学でもオンライン講義が導入され,当初は通信量の削減であったり十分な受講環境をもたない学生への配慮だったりと対応すべき問題が多く,ずいぶんと右往左往したのを覚えています。十分なことができたかどうか,いまもってわかりません。この先,完全に元通りになるのかどうか,誰もが不安を抱えていると思います。

そんななかで,家にいる時間の増えた僕は,映画を観たり読書したりの時間が増えました。ドッカンドッカン大騒ぎする映画が好きなので,アベンジャーズのシリーズを一気見したり。アイアンマンことトニー・スタークという登場人物が,仕事が忙しくて恋人に会えないという同僚にかける「愛は大事だぞ」というセリフがかっこよくて,あちこちで言ってみたり。うん,愛は大事ですよ。トニー・スタークが娘から「3000回愛してる」と言われるシーンで自分の子どもを思い出して泣きそうになったり。そう,愛は大事ですよ。

本については,増えた時間以上に買ってしまうので積読の数がえらいことになっていますが,東畑開人先生の『心はどこへ消えた?』という本は積まずに読みました(2)。すでに読まれた方も多いと思います。コロナ禍という「大きな物語」の中で,1人ひとりの「心」というものが覆い隠されているのではないか,といった問題意識だったかと思います。読みながら僕も,いろいろなことを考えました。僕の本も同じくらい売れたらいいのになあ,とか。

たしかにコロナ禍とそれに伴うさまざまな変化,たとえば飲食店の時短営業やマスク着用,リモートワークに学校行事の中止や延期といったものは,我々1人ひとりの頭越しに起こったきらいがあります。ただ僕は,「心はどこに消えたのか」という疑問には行きつきませんでした。『私たちは学習している』の終章にも書きましたが,僕には心理学がよくわかりません。心というものについても,学習という現象に引き寄せたうえで,まあ何とか雰囲気が見える程度です。それでもたしかに,コロナ禍は僕ら個人の頭越しに何かを変えてしまったことはわかります。では,何が変わったのでしょうか?

以前に,「世界は大きなスキナー箱か?」というタイトルの記事を書いたことがあります(3)。その記事ではライフログと呼ばれる方法論の話を書いたのですが,タイトルに込めたメッセージの1つは「ラットが実験箱の中でいろいろな随伴性を経験して学習するように,我々人間もこの世界の随伴性の中で学習して生活している」ということでした。まさしく,「私たちは学習している」ということです。私たちはこの世界にあふれる随伴性,「雲が出てきたら雨が降る」「赤信号で横断歩道を渡ると事故にあう」といったものから,「決められた時間を過ぎてもゲームで遊び続けるとお父さんの声色が変わる」といったものまで,無限とも思える随伴性があります。

そしてコロナ禍は,こうした随伴性を大きく変えてしまいました。マスクをしているかどうかで何か言われることはなかったのに,マスクをしていないと奇異な目で見られたりとがめられることがあったり,みんなで会食している様子をSNSにアップすると,以前は楽しそうだねと言われたのが不謹慎だと言われたりと,いろいろな例が思い浮かびます。もちろん,場合によっては生死に関わること,あるいは感染自体によって亡くなることはなくとも医療現場を圧迫して医療崩壊を引き起こす可能性があることを考えると,社会のルールが変わること自体は仕方ないと思います。

野ネズミがいつも水を飲んでいた泉が土砂崩れで埋まってしまうことがあるように,この世界の随伴性は絶え間なく変化するのが常ではあります。こういった環境の変化に対応することこそ学習という機能の役割ではあるのですが,それにしても急速すぎる変化に多くの人は当惑しており,その影響はさまざまな調査や研究にも表れています(4)

多くの人を当惑させている,場合によっては精神的健康を損なうほどに追い込んでいる原因はさまざまです。行動的QOLという言葉をご存じでしょうか。QOLはQuality of Life,つまり生活の質といったような意味です。望月(5)によると,「個人の生活状況の一般目標は,『正の強化を受ける行動の機会を持つこと』」と規定され,「行動的な観点からQOLを拡大するという作業は,『正の強化を受ける行動機会の選択肢を増大する』という形で表現される」とされます。つまり,行動的QOLという観点からは,よりよい生活のためには,「個々人が自らの生活の中で正の強化を受ける行動機会を増やすような選択ができて,さらに選択肢が増えていくこと」が重要だということになります。ここでいう「正の強化」とは,行動することによって個人に与えられることでその行動を増やすような事象,あるいは手続きを指します。

コロナ禍によって変わってしまった随伴性は,私たちの行動的QOLを,大きく損なっているように思えます。コロナ禍に導入された新しい生活様式は,それを守ることによって正の強化を得るというよりは,それを守らないことに対して罰を付与するような方向で運用されているように見えます。そして何より,多くの人たちにとってコロナ禍は,「正の強化を受ける行動機会を増やすような選択」を行う自由,そうした選択肢を拡大させていく自由を大きく制限してしまいました。繰り返しますが,これは「何もかも自由にさせろ」というわけではありません。変化は必要です。また,コロナ禍による変化で「ゲームをしたり読書したりで家に籠っていることを許容された」というように正の強化を得る機会が増えた人もいるでしょう。その一方で,「家でゲームをするのも好きだし,友人と遊びに行くのも楽しい」という人にとっては,後者の自由は制限されたわけで,正の強化を得る行動の選択肢は減少しています。3密回避というスローガンのもとに,宅配サービスで食事は届いても,遠方に暮らす家族や親しい友人,愛する人との接触は,パソコンやスマホの画面を通じてのものに変わってしまいました。愛は大事なのに。

僕は医療関係者ではありませんので,コロナ対策やワクチン接種などについて,何かを発言できる立場ではないかもしれません。心理学者を名乗っておきながら,「心理学がわからない」と本に書いてしまうような半端者でもあります。それでも,学習という現象については少しわかります。学習によって生活体の行動が変わる様子を眺めてきて,大きな実験箱としての世界の中で,泥にまみれながら毎日を暮らす生活体としての人間について,いくらか知っていることもあります。それは,「私たちは学習しているが,そのためには正の強化があった方がずっといい」ということです。この文章を読んでくれたあなたが,あるいは僕の本を読んでくれたあなたが,コロナ禍という随伴性の変化の中にあって,正の強化を,あるいは愛を,愛という言葉に抵抗があれば親切を,得られるような行動の選択肢を増やしていけますように。

本当は行動的QOLを高めるための方法をお伝えできればいいのですが,僕はあなたにとってなにが正の強化になるのかを知りません。コロナ禍でもたらされた随伴性の変化は,個人の随伴性に覆いかぶさっていて,それを斟酌してくれないのが厄介なところです。あなたにとって何が正の強化になるのかを知らない僕が,「こうすればいいよ」というのは,別の何かを押しつけることにもなりかねないでしょう。僕は臨床家ではないですし,気の利いたセリフももち合わせていません。なので最後は,やっぱりトニー・スタークが映画『アベンジャーズ/エンドゲーム』の中のビデオレターで言ったセリフを借りて終わりにしたいと思います。

皆,ハッピーエンドが好きだ(中略)君がこれを流すときは,お祝いの時がいい 家族が再会し 全てを取り戻し この星に平穏が戻った時がいい

謝辞

本稿を執筆するにあたり,望月昭先生のご指導を受けられていたドッグトレーナーの高山仁志さんにコメントをいただきました。ありがとうございました。

文献・注

(1) 澤幸祐 (2021).『私たちは学習している―行動と環境の統一的理解に向けて』ちとせプレス

(2) 東畑開人 (2021).『心はどこへ消えた?』文藝春秋

(3) 澤幸祐・澤井大樹・浅野昭祐 (2015).「世界は大きなスキナー箱か?――行動主義者からみたライフログの可能性」『心理学ワールド』69, 21-22.

(4) たとえば,Lieberoth, A., Lin, S.-Y., Stöckli, S., Han, H., Kowal, M., Gelpi, R., Chrona, S., Tran, T. P., Jeftić, A., Rasmussen, J., Cacal, H., & Milfont, T. L. (2021). Stress and worry in the 2020 coronavirus pandemic: Relationships to trust and compliance with preventive measures across 48 countries in the COVIDiSTRESS global survey. Royal Society Open Science, 8: 200589.

(5) 望月昭 (2001).「行動的QOL――「行動的健康」へのプロアクティブな援助」『行動医学研究』7, 8-17.

たえず変化する世界の中で生きていくうえで,人間や動物たちは何をどのように学習しているのか。学習研究の魅力にとりつかれた学習心理学者が,連合の形成と構造の観点から,行動と環境に関する統一的理解への道筋を示す。学習心理学が提供する,「心」を探究していくうえでの重要な知見とは。


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